大学における環境講座の実施(2008年度後期 横浜国立大学大学院)

(地球環境委員会)
 地球環境委員会では、2002年度より環境面における社会貢献活動として、大学での環境講座を実施している。2008年度後期は、横浜国立大学環境情報学府において、修士・博士課程の学生約40名を対象に、委員会社から2名の方が講義を行った。講義終了後は、学生から専門的かつ具体的な質問が多数あり、テーマに対して高い関心や興味がある様子がうかがえた。
10月16日(木)
森本 泰弘 氏 「理想の森林経営について」
伊藤忠商事株式会社 CSR・コンプライアンス統括部地球環境室長 
森本 泰弘(もりもと やすひろ)

講義を終えて
 豊富な知識を持つ大学院生に何の話をするのが良いのか、悩んだ末に決めたのが「理想の森林経営について」であった。自分の経験に基づき、話をするのが一番と考えたからであり、理想の前に「私の」が付く。森林は再生可能であり、大いに利用すべきである。いろいろな利用の方法がある。
 聴講者が今回の講義により、森林について理解を深め、将来何かの形で森林の伐採や植林等を含めた森林経営にかかわる機会があったとき、役立てばありがたい。もちろん、われわれ企業人は率先して環境に優しく、しかも経済性を満たした森林経営を実践していかなければならない。

講演要旨
(世界の森林資源)
 世界の森林面積(2005年)は約39.5億ヘクタールで、人口1人当たりでは約0.6ヘクタール、また、陸地面積の約3割、地球面積の約7.6%を占める。そのうち熱帯林は約3.6%である。国別では、ロシアが第1位の8.09億ヘクタール、第2位はブラジルの4.78億ヘクタール、第3位カナダ3.1億ヘクタール、第4位米国3.07億ヘクタール、第5位中国1.97億ヘクタールと、5位までで53%を占める。日本の森林面積は2,490万ヘクタールで世界21位(森林率は67%)に位置付けられる。この場合の森林の定義とは、5m以上の樹高を持つ樹木の樹冠によって、0.5ヘクタール以上の広がりを持つ土地の10%以上が覆われている区域のことである。
  また、森林の区分としては、人間の活動が全く見られない天然森が森林面積の36%、天然森だが人間の活動が一部に見られる森が53%、自然の木が植えられているが植林等、人為で再生された森が7%、植林が4%である。
  森林の減少スピードは90〜2000年の10年で年平均890万ヘクタール、2000〜2005年の5年は同730万ヘクタール(森林の伐採および焼畑による消失面積は同1,290万ヘクタールだが、植林および元林地の自然再生等で同560万ヘクタールを回復)となっている。

(森林資源の利用)
  森林の主な役割は、@水源かん養(貯水、浄化等)、ACO2吸収、酸素放出(1m3の木の重量は1t、地下部分を含むと1.3tで、0.7tの炭素を含有)、B生物多様性の保全(熱帯雨林には地球上の生物種の50〜70%が存在するともいわれている)、C経済活動の資源提供(木材製品、紙パルプ製品、燃料、化学品原料等)、D景観、リクレーションで、森林資源の一番の特徴は再生可能であることであり、大いに利用すべきである。森林の役割の一つにCO2吸収を挙げたが、焼畑、森林の火災等で世界CO2排出量の2割程度を占めるという説もあり、一部途上国では本来の森林の役割を果たせていない現状もある。
  植林については、良い面と悪い面の両方あるとみている。単一樹種は木の成長が一定であり、商業用の植林には有用であるが、生物の多様性の面では、そこに生息する動植物が限られるという問題がある。植林は砂漠化を防ぐといわれるが、もともと水が少ない土地に木を植えると、葉の蒸散作用により地中の水がどんどん蒸発し、かえって土地が悪くなることもある。
  一方、商業植林の樹種は成長力が早いので、天然林の代替として、小さな面積で、世界で必要とされる資源を賄うことができる。また、世界森林面積の0.8%を占める環境植林は、土壌保全、砂漠化防止、護岸等に役立っている。

(私の描く理想の森林経営)
  理想の森林経営とは、生態系に影響の少ない森林伐採方法を採ることである。今までの経験から、小さな面積で必要な資源を賄うのではなく、大きく商業植林の区域を確保し、その中にいくつかの小さな伐採地を作り、それを持続的に回していくような森林経営を行うべきだと考えている。伐採の仕方としては、動物の移動や経済性を配慮して、ある程度伐採地を集中させながらも、さら地面積を少なくし、また水源を保全することも重要である。
  私の考える理想的な森林経営についてまとめると、@熱帯雨林は可能なかぎり手を付けない、A自然林については保護林と経済林を設けて管理、B経済林については木の年間成長率を考慮しつつ、持続可能性を考えた、長期的な森林経営を実施、C植林を進め、より多くの植林木を利用(ただし、植林を進めるには、社会、環境への影響を配慮)することにより、持続可能な森林管理ができ、自然木と植林木の両方を利用して、世界の森林資源ニーズを満たすことができると考えている。



森本 郁徳 氏 「アジアにおけるバイオ燃料と農業資源」
株式会社双日総合研究所
事業コンサルタントグループ主任アナリスト
森本 郁徳( もりもと  いくのり)

講義を終えて
 講演を終えて、数名の方から受けた質問から、やはり、食料とバイオ燃料作物との競合の問題に強い関心があることが分かった。バイオ燃料に関して言えば、現在、農産廃棄物などのセルロース系からのバイオエタノール、バイオブタノールの研究や非食用植物の研究が米国や日本で進められている。将来、多くの化学品、プラスチック、医薬品が非食用バイオマスを原料として製造される時代が到来すると私は考えている。環境に関する研究をされている学生の皆さんには、科学の進歩という観点にも目配りをいただき、科学者の方々との交流も深めていただきながら、人類のあるべき姿を描いていただければと思う。

講演要旨
(地球の気温推移−京都議定書)
 地球の気温は1860年から過去140年で0.8度上昇しており、温室効果ガスの濃度は1800年ころから急激に上がっている。地球の温暖化は温室効果ガスの影響と考えてほぼ間違いないだろう。
 92年、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミットを基点とし、97年、COP3が京都で開催され、京都議定書が採択された。京都議定書において、日本は目標期間(2008〜2012年度)にCO2排出量を90年度比6%削減することを定められているが、2005年度実績で90年度比7.8%増加しているのが現状である。

(バイオ燃料−バイオエタノール/バイオディーゼル)
  バイオ燃料は大きくバイオエタノールとバイオディーゼルに分けられる。バイオエタノールの原料には、トウモロコシ、サトウキビが多く使われる。最近は、トウモロコシのしん、サトウキビのバガス等のセルロース由来のバイオエタノールの開発が話題となっている。バイオディーゼルの原料には、ナタネ油、パーム油等の植物油脂が使われる。生成過程での副産物グリセリンの有効利用は化学業界のテーマの一つとなっている。

(バイオ燃料と食品価格)
 2007〜2008年にかけて食料価格は値上がりしたが、食料価格の高騰の原因は、投機マネー、中国をはじめとした新興国におけるおう盛な実需、バイオ燃料の3つであるといわれている。2008年6月からいろいろな農産物、食用油の値段が下がったことを見れば、最も高騰した時の原因は投機マネーであると考えられる。バイオ燃料の影響を重視する見方もあるが、その影響は軽微であると考えている。

(セルロース系バイオエタノール)
 稲わら、麦わら等をソフトバイオマス、木等をハードバイオマスと呼び、セルロール由来のエタノールは、リグノセルロースを前処理したセルロースを糖化することでグルコースにし、これに酵母を加え、発酵させてエタノールを生成するのが基本フローとなる。ハードバイオマスはC6成分が多いがリグニンも多く、ソフトバイオマスはリグニンが少ないがC5成分が多いのが特徴である。ハードバイオマス利用では、リグニンを取り除く作業にコストが掛かる、ソフトバイオマス利用では、酵母はC5を栄養源としないという問題点がある。C5、C6共に栄養源とする酵母を遺伝子組み換え等により作り出せれば、収率の良いエタノール生産ができ、ビジネスになり得ると考えている。

(アジアにおける農業資源)
 セルロースからのエタノール技術が確立できた場合の、アジアでのエタノール生産の可能性について見ると、インドの穀倉地帯はガンジス川流域や南部に集中しており、2030年にはセルロース系廃棄物としてサトウキビからのバガスが最も有用となると考えられる。中国では華北東北地方のトウモロコシ、コメ廃棄物、華東〜長江流域のコメ廃棄物、華南のサトウキビ、コメ廃棄物にエタノール生産の可能性がある。バイオディーゼルの研究開発においては、食料と競合しない植物油の利用がここ数年進められており、食用にはならないナンヨウアブラギリが注目されている。
 また、特に米国ではバイオブタノールの研究が進められている。エタノールに比べ、水との親和性が低い、発熱量が高いことに加え、蒸気圧が低いため、大気中に出ても光化学スモッグのリスクは低いという利点がある。また、バイオエタノールはガソリン車にしか使えないが、バイオブタノールは、軽油車にも利用できる。

(今後のエネルギー利用)
 近未来のエネルギー利用について考えてみると、先進国では電気自動車の普及が進み、充電式のガソリンスタンドや充電機能付きのマンションができる、一方、開発途上国では、バイオ燃料が使われることが予想できる。また、日本でのバイオ燃料の利用は、主に小型の漁船、農業機械、飛行機ではないかと考えている。
 長い歴史の中で先進国が森林を伐採(CO2吸収源を消失)して農地を得てきたことを考えれば、今後、開発途上国が森林を伐採することについて、先進国がストレートに非難する権利があるのかどうかを考える必要があるだろう。