ミャンマーの発展を願う
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倭  昌輝(やまと   まさてる)
住友商事株式会社 
鉄鋼第二本部参事

  私は、1986年に初めてミャンマーを訪れて、ミャンマーの人達の笑顔や親切な心に触れて以来の、熱いミャンマーファンである。そして、1987年から91年までの4年間、住友商事のヤンゴン事務所で、鉄道車両等のODAビジネス等を担当しながら、かの民主化運動、アウン・サン・スー・チー女史登場、現軍事政権によるクーデター、選挙での国民民主連盟の地滑り的勝利を目の当たりにした。
  次は、ミャンマーが新興市場として急速に注目され始めた1995年からの3年間、再び事務所駐在員として、通信機器等の国営企業向けビジネス、萌芽(ほうが)期の民間輸出入案件、そして新規事業のミャンマー政府への申請等に取り組んだ。自分自身の仕事としては志半ばながら、ミャンマーが着実な発展を着々と遂げていくものと信じ、1人のミャンマーファンとして期待に胸を膨らませながら、帰国した。
 しかし、その後欧米による経済制裁がますます厳しくなる中、ミャンマーの経済が悪化の一途をたどっている様子で、ミャンマーのことが気になって仕方がなかった。さりとて何をすることもできない自分を嘆いていたところ、昨年3月、子会社の経営という仕事に任じられて、ヤンゴンに戻ってくることができた。まさにこれまで自分が学んできたことを生かす最高のチャンスと、意欲に燃えて取り組んだが、厳しい外貨管理・輸入制限が災いして、原材料も思うように買えない現実に直面した。他にも難問山積みで、すぐには改善の見込みもないので、いったん工場を閉じて、今は、普段はバンコックで他の会社に勤務し、時々ヤンゴンに戻って、再開の時期を計っている。
  最大の頭痛の種は、原材料のI/L(輸入申請書)申請時において、国営外為銀行による当該外貨全額のデポジットが要求されることである(3年前までは、150日ユーザンス付決済が認められていた)。特に、外貨集めから製造・販売代金回収まで、ゆうに8ヵ月以上の資金負担も強いられる。私の会社の場合でも、年間生産能力の10%程度の原材料を発注すれば、運転資金が払底するのだが、銀行による貸出は事実上機能せず、海外からの借り入れもままならない。
  もう一つの問題は、普通の開発途上国政府なら積極的に奨励するはずの輸出において、ミャンマーでは、逆に10%の商業税が徴収される。これでは、輸入原材料のコストに占める割合が高いタイプの製造業は、国際競争力を失ってしまうので、原材料輸入に必要な外貨を、農産物等の輸出者から買い取ってくる必要がある。
  政府首脳は、良く言えばあまりに生真面目というか、外貨不足のことを気に病み過ぎて、民間部門の経済を信頼できず、いわば小学校低学年の子供を管理するごとく、子供が他所からお年玉をもらえば一定額を天引きし、買いたい物も買わせず、どうしても必要なときにのみ、必要な額ぎりぎりの小遣いを与えるようなセンスで、外貨管理を行なっているのである。文民官僚はこれがいかに問題かをよく分かっているのだが、ミャンマー人の従順かつ長幼の序を重んじる気質が災いし、誰もトップに忠告できない。

首都ヤンゴンの黄金のシュエダゴン・パゴタ
岩が金ぱくで覆われたチャイティー・パゴタ
首都ヤンゴンの黄金のシュエダゴン・パゴタ   岩が金ぱくで覆われたチャイティー・パゴタ

 そういった融通の利かない発想に政府首脳を追い込んだ元凶は、クリントン政権時代から徐々に強化されてきた、欧米による経済制裁である。それはミャンマーの高級官僚や教養ある民間人も分かっており、特にクリントン政権のオルブライト国務長官在任時は、多くのミャンマー官僚から、諸悪の根源、と嫌われていた。これも余談だが、1997年に、当時在野のアーミテージが、ある使節の一員としてヤンゴンに来た際の朝食会に出席した私は、他の外国人とともに、経済制裁の誤りを縷々(るる)訴えたことがある。彼がその後国務副長官となったときには、残念ながら、あのときわれわれが言ったことをあまり覚えてくれていなかったようだが。
ロンジー(ミャンマーの民族衣装)
ロンジー(ミャンマーの民族衣装)
シュエダゴン・パゴタの前で
 現政権の経済政策における頭の固さの、もう一つの原因として、休戦中とはいえ、まだ反乱軍が残っており、憲法制定に向けても少数民族側との意見調整に苦慮している中、まだまだ、本格的な経済開放について考える余裕がない、という点がある。
 現政権上層部の大半は、国境付近でさまざまな反乱軍と、弾を()い潜って戦ってきた人達であることを、理解しなければならない。昔、ミャンマー国鉄に毎日のように出入りしていたころ、タイ国境地帯北部の第99連隊長から天下ってきた総裁に、私は、「政府は、何故、さっさとNLD(国民民主連盟)に政権を譲らないのか。」と聞いたところ、「NLDが選挙の勝利に沸く中で、軍を軽蔑し、過去について軍の責任を問うかのような発言が続いた。命をかけて国を守ってきたわれわれがいなくて、誰が国を守るのか?軍の弱い国は、必ず他国からなめられる。NLDにはこの国を任せられない。」との答えだった。そのとき、彼の隣に座っていた男(弾丸が頬から首に抜けても突進し続けて「勇者」の称号を得たと言う)は、「総裁は、何日も豪雨の中、マラリアにかかりながら、疲れも見せず、われわれを励ましてくれた。」と付け加えた。彼らにとって、真の国家統一、つまり少数民族問題の解決こそが最優先なのだろう。
 言い換えると、わずかなきっかけで、国際世論が現ミャンマー政権に多少なりとも同情的になり、欧米による経済制裁が緩和され、一方で、平和裏に憲法が制定されて少数民族問題が一応の解決を見れば、われわれのような外資企業にとっての環境も、一挙に好転する可能性が大いに期待できると思われる。
 最近、日本の新聞においても、ミャンマーで宗教的弾圧が行なわれているかのような報道があったが、実際は事実に反する。クリスマスは国民の祝日であり、イスラム教とヒンズー教関係の祝日も設定されている。多分、普通の国民レベルで、各宗教間の暴力的いざこざが最も少ない国の一つだと思う。また、ミャンマー政府が麻薬生産に手を貸しているというのも、ひどい中傷だ。そういう誤解が解けるだけでも、世論は大きく変わるだろう。
 もともとミャンマーは、人口5,000万人の食糧を自給し、なお、豊富な雨量の下、灌漑(かんがい)さえすれば簡単に田畑となる遊休地が無尽蔵な国土である。天然ガスによる収入も着実に増え、鉱物資源、水産資源、林業資源も豊富である。識字率も約8割と高く、首都ヤンゴンにいるかぎり、英語の通じる職員を雇うこともすこぶる容易である。信仰心厚く、微笑みを絶やさず、性格はおしなべて穏やかで親切、そして、何よりも、人々が極めて親日的なのだ。
 私の会社が生産を再開し、フル稼働する日が1日も早くやってくることを、心から祈っている。

住友商事株式会社