ベトナム便り
  古林 宏之(ふるばやし ひろゆき)
イナバタ・シンガポール
ハノイ駐在員事務所所長
当社事務所のスタッフ(筆者右から2人目)
当社事務所のスタッフ(筆者右から2人目)

1.はじめに

ハノイ・オペラハウス
ハノイ・オペラハウス
私にとってのベトナム実体験は、2001年9月11日に、当時駐在していたシンガポールからベトナムに出張したことに始まります。それまでは、ベトナム戦争を描いた映画の映像でしか見たことがありませんでした。以降、2002年1月からホーチミン市駐在、同年8月からSIK Vietnam Co., Ltd.(合成樹脂の着色コンパウンドが事業内容。在ハイフォン市)のF/S(Feasibility Study)、営業責任者として南部と北部を毎週往復し、2006年4月からハノイ市に駐在となりました。この5年間の経験をベースに私なりのベトナム地域論から始めたいと思います。

2.北部と南部

 バンコクから1.5時間、香港から1.6時間、ホーチミンから2.0時間、これらがそれぞれからのハノイへの飛行時間です。ホーチミンからは、もちろん国内線ですので直線的に飛ぶことができず(飛べばすぐにカンボジア、ラオスに出てしまいます)、S字形の国土に沿って飛ぶが故ですが、この両都市の距離を体現しています。以下、個条書きでその距離(陸路で約1,700km)が生む差を列挙します。

(1) 南部は1年中夏ですが、北部には四季があります。今年は暖冬ですが、北部で一番寒い1〜2月は10度を割り込む日もあります。北部の夏は、気温はともかく湿度が高く、重い空気が体に巻きついてくる感じです。温度差からでしょうか、南部の女子学生の制服はアオザイですが、北部の女子学生はアオザイを制服としていません。そもそも単語が違います(南部では正確には「アオヤイ」)。
(2) 私の主観でしかありませんが、双方ともに仏植民地の名残でコロニアル調の建物が点在した独特の雰囲気がありますが、南部は東南アジア風の町並み、北部は中国風の町並みです。
(3) 言葉が違う(らしい)。私は、全くベトナム語はできませんが、北部出身者と南部出身者がしゃべるとすぐに分かるらしいです。
(4) やはりお互いが嫌い?何人かのベトナム人に北部と南部で、嫌いな人種トップ3を聞いたことがあります。私は、米国人という答えが返ってくると思っていましたが、双方とも1位は共通で、2位と3位のいずれかに「北部の人」とか「南部の人」が入ってきました(1位と2、3位は内緒にさせていただきます。日本人、米国人ではありません)。
3.ベトナム人気質

 もちろん北部・南部には共通項もあります。

(1) 仲間内では非常によくしゃべる。ベトナム語ができない私にその内容は分かりませんが、「あーでもない。こーでもない」としゃべっているだけだと思います。仕事を任せるといわゆる「おしゃべり」をしてサボっているわけではありませんが、元々議論好きなのか、細部にこだわり過ぎるのか、前に進んでいないことが多々あります。方法論だけを論じていて一体何が言いたいのか、よく分からないこともあります。
(2) 仲間外ではシャイ。言葉(英語)の問題もあると思いますが、なかなか自分の意見を言ってくれません。遠慮し過ぎとも感じます。シンガポール駐在時は、中国人気質(?)の「俺が俺が」にうんざりしていましたが。
(3) 粘り強い。一度決めたこと、言われた作業(これも議論好きの影響なのか、納得すればですが)は、ひたすら黙々とこなします。確かにちまたで言われるようにベトナム人は勤勉です。一方で、社会主義の教育の影響なのか、単に経験が不足しているのか、言われたことはきちんとするが、それを自ら一歩進めての改善提案などは乏しいと感じることも多いです。私自身も、営業職で採用した所員に「営業のマニュアル」を作ってほしいと頼まれたことがあります。客先でこういうときはこうしゃべる、このときはこうしゃべるといったマニュアルがほしかったようです。

 ここまで書いて気が付きましたが、どこか日本人と似ているのかもしれません。

(4) 気質ではありませんが、治安は全くと言ってよいほど安全です。夜中に一人で街中を歩いても危険を感じることはありません。もっとも下記に述べるバイクの多さから交通上の「安全」は含みません。
(5) これまた気質ではありませんが、ハノイにしろホーチミンにしろ、初めて出張に来られた方の第一声は100%「聞いてはいましたがこれほどバイクが多いのですか!これでよく事故が起こりませんね」です。通勤と通学、物資の輸送手段など、これだけ使ってもらえればバイクも幸せだろうと思います。
街中の移動手段であるバイク
ブタを輸送するバイク
街中の移動手段であるバイク   ブタを輸送するバイク
4.「若い」国

ホーチミン廊
ホーチミン廊
2005年4月30日、サイゴン陥落30周年の式典が大々的にホーチミン市で開催されました。これをもって戦後30周年ですが、日本に例えるのなら1945年から30年経った75年ととらえるのは間違いではないかと思います。ベトナム戦争に続くカンボジアへの侵攻、その翌年の中国との交戦と、その後も戦争は続行されました。中国との交戦は散発的に88年ごろまで続いたとも聞きますし、国交正常化は91年です。同国との国境問題の解決は2000年まで待たねばなりませんでした(南沙諸島問題は未解決)。米国とは95年に国交正常化し、修好通商条約が発効したのは2001年です。また他のアジア諸国との関係においてもASEANへの加盟は95年となっています。つまりベトナムが「戦争」状態を終え、国際社会に復帰してからの年月は短く、まだまだ発展途上の「若い国」としてとらえるべきかと思います(2007年1月にベトナムはWTOに正式加盟しました)。

5.最後に

 この5年を振り返ると、街を走るバイクの数は年々増えているように感じ、ベトナム人からは活気と自信を感じます。駐在当時の商談時に感じた当地の信用面での不安は薄れましたが、特に品質面など、ベトナム企業にはまだまだ「発展」の余地があるように思います(このあたりが当地の難点である「裾野産業の欠如」と関係するのかもしれません)。
  2006年度の直接投資受入額は過去最高の100億ドルとなりましたが、この恩恵がベトナム企業にも広がるように自助努力を期待するとともに、縁あり駐在をしている私としては、小さくとも一助となるように今後も努力していきたいと思います。

稲畑産業株式会社ホームページ