ロンドンからテルフォードへ
  佐藤 浩司( さとう    こうじ)
イナバタUK(稲畑産業英国現地法人)
社長
MAP
筆者
ダーウィン像の前で

1.はじめに

アイロンブリッジ
アイロンブリッジ
2008年は日本と英国が外交関係を樹立してから150年目に当たります。まさにNHK大河ドラマ「篤姫」のストーリーとも重なりますが、1858年8月26日、江戸で日英修好通商条約が締結されました。
 さて、テルフォードという都市をご存知でしょうか。ロンドンから北西約250km、ミッドランド地方の都市で、英国第2の都市バーミンガムから電車でも車でも約1時間、ロンドンからは車で約3時間の距離です。
 都市名は著名な土木技師トーマス・テルフォードに由来し、2008年に市制40周年を迎えた比較的新しい都市の一つです。近くには、産業革命発祥の地とされるアイロンブリッジ(鉄橋)渓谷があります。地名の由来ともなった1779年に建造された世界初の鉄橋は、今も健在で、世界遺産に指定されています。
 私は2008年3月に、2年半住んだロンドンからこのテルフォードに引っ越してきました。まだ住み始めて半年ほどですが、コスモポリスのロンドンと地方都市テルフォードの生活の違いなど、感じるところを紹介させていただきます。

2.英国赴任:ロンドン

 私は2005年5月にロンドンに着任しました。EUが2004年に新たに10ヵ国を加え、25ヵ国に拡大した直後のことで、欧州が経済、政治の両面でダイナミックに動き出した時でした。ロンドンは名実共に世界中から人材が集まる都市です。私が住んでいたロンドン西部のイーリング地区は、特にポーランドからの移民が多く、EU拡大をきっかけとした人材の流動化を肌で感じました。ちなみに、同地区はそうした移民が増えたことで税収が増えるなどの目に見える恩恵もあったようです。
 2006年に稲畑グループのポーランド拠点設立に取り組んだ際には、拠点スタッフとして、ロンドンで優秀なポーランド人を「里帰り就職」として採用することができました。これもEU拡大のおかげの一つと感じています。

3.経済

 2007年のサブプライムローン問題をきっかけとした信用収縮や、不動産市場の悪化などによる減速感はあるものの、英国経済は過去15年以上にわたって景気の拡大が続きました。2007年度の対外直接投資および対内外国投資はいずれもEU27ヵ国中、圧倒的首位で、世界的な金融立国としての実力を見せつけました。マーガレット・サッチャー首相時代から続く開放政策により創られた人材、情報、アイデアが集積するシステムに加え、英語が母国語という2つのアドバンテージが新しい産業の可能性を生むとともに、EUの拡大、深化、さらにはロシア東欧経済の拡大が背景にあるように感じます。
 ただ、いまだに不思議なのは、高コストで、必ずしもモノづくりに適した国とは思えないにもかかわらず、製造業(鉱業を除く)の生産指数を見るかぎり、わずかとはいえ、増え続けている点です。

4.文化と社会

当社社員のパブでのパーティー
当社社員のパブでのパーティー
赴任前、英国に駐在経験のある取引先の米国人から「米国人は『桃』、英国人は『クルミ』と思え」とのアドバイスをいただきました。米国人はフレンドリーで付き合いやすく見えても、案外本心は桃の硬い種の中にあったりする。一方、英国人は殻が硬くて初めはとっつきにくいようでも、関係が深まれば味わいが出る、という意味とのことです。
 ただ、そうした違いは米英間だけでなく、欧州内部でも地域によって異なる気がします。仕事上、英国内にとどまらず、大陸側の欧州各国も含めた展開が必要となるケースが多いのですが、言葉も違えば文化、社会システムも異なるので、苦労することが多々あります。どの国の方々もそれぞれの長い歴史と文化に誇りを持っておられますので、一筋縄ではいかないこともしばしばです。ただ、難しさの反面、さまざまな歴史や食文化に接する機会があるので、モザイク模様の欧州圏に広がるビジネスは興味深く、非常にエキサイティングです。
 生活面では、1ポンドが100円と同じ感覚で使われていますので、生活費は日本の倍のイメージでしょうか。またガス、電気、水回りの器具などがよく壊れるうえ、メンテナンスサービスの悪さには閉口することもたびたびです。ロンドン、テルフォードのいずれでも、冬にセントラルヒーティングが壊れ、修理を依頼してもなかなか来てくれず、1〜2週間ほど凍る思いをしました。英国では同じような目に遭った日本人の方は多いと思います。文句を言い始めたらキリがありませんが、ロンドンは大英帝国時代から世界の財宝、芸術、歴史的遺産を入場無料で展示している大英博物館を筆頭に、アジア、中東、欧州各地域の文明に関するものから、コンテンポラリーアートに至るまで、大変充実したミュージアムが多く、関心のある方には最高の環境です。
 妻と私は赴任当初、「欧州に来たからにはワインの初歩ぐらいは理解しよう」とテイスティングの初心者コースに参加しました。それを機に、妻はワインの魅力に取り付かれ、今でもさまざまな講座に参加しているようです。興味深いのは、ワインを学ぶことで欧州の歴史と地理が理解でき、突き詰めるとエジプトのファラオの時代にまでさかのぼることもあるほどです。単に舌で味わうだけでなく、各地域の気候、土壌、生産技術の伝わり方などをイメージするだけでもロマンを感じます。
 フランス在住のあるソムリエの方が「ソムリエにとって最も厳しいマーケットは英国」と言われたのには驚かされました。英国は世界最大のワイン輸入国で、消費されるワインの99%が輸入品で、世界中からさまざまなワインが集まります。ワインの売り上げもここ5年間で20%以上も伸びました。フランスでは自国産ワインが中心となるので「専門職のような世界」となる一方、英国にはワインをテイスティングする「つわもの」が世界中から集まってくるようです。

5.テルフォードでの生活

 「緑豊かで春には菜の花が丘陵地帯に咲き乱れ、羊や牛が放牧されているまさに童話の絵本の風景」というのが、ロンドンから引っ越して来た際の最初の印象です。近所の人は親切で、環境も良好です。散歩道が多く、歩いていると「Scoop the Poop(犬のふんの後始末をしよう)」と書かれた看板があちらこちらの目立つところに設置されていることに気付き、マナーを重んじる英国らしさを感じました。テルフォードには一軒家が多いためか、犬や猫を2、3匹飼うのは当たり前のようです。ちなみにバーミンガムでは、世界最大の「クラフツ」というドッグショー(品評会)が毎年行われています。
 さて、このテルフォードにはエプソン、リコー、デンソーなど大手日系企業が進出し、日本人も約200人住んでいます。日本人小中学生向けの補習校もあります。日本食レストランはありませんが、うれしいことに牛と豚の薄切り肉を売ってくれる地元でもおいしくて有名な肉屋が、車で30分ぐらいのマッチウェンロックという古い町(起源がローマ時代の由)にあります。テルフォードの駐在員の間ではその店の評判が代々引き継がれています。
 テルフォードのあるシュロプシャー州にはたくさんの観光地があり、あの進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの生まれた町シュリューズベリーもあります。シュリューズベリーはチューダー調の町並みが残り、英国で最も素晴らしい伝統的な市場町の一つで、「王冠の宝石」に例えられるほどです。歴史も古く、起源は5世紀で、近隣のローマンシティーからの避難民が始まりといわれています。

シュリューズベリーフラワーショー
シュリューズベリーの町並み
シュリューズベリーフラワーショー   シュリューズベリーの町並み
白い壁に黒い柱が入った建物は16世紀
前半のチューダー王朝時代の建築様式

 また、ラドロウは、英国で知らない人はいないグルメ村といわれています。テルフォードから車で約1時間の距離ですが、こだわりのソーセージで英国中に知られる肉屋から、ミシュランの星を獲得したレストランまであり、キッチン用具店はロンドンのそれと引けを取らないそうです。十数年前は「英国でおいしいのは中華料理とインド料理」と言われたことを思えば驚きですが、最近はブリティッシュなりに素朴でおいしいレストランも多いと感じるようになりました。
ラドロウの古城から見た街
ラドロウの古城から見た街
最後に、園芸関係では世界的にも知られる「イングリッシュローズ」の生みの親デービッド・オースティン・ローゼズ氏のバラ園がテルフォードの近くにあります。また、ギネスブックも認めた世界で最も長く続いている園芸展示会シュリューズベリーフラワーショーの第121回目(1875年に第1回開催)が8月中旬に開催されました。
 2008年はテルフォードからさらに足を伸ばし、近郊の観光地を巡ってみようと考えています

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