第9回 日本貿易会賞懸賞論文 入賞作品要旨
優秀賞
日本においてシリコンバレーを再現することは可能か?
水沼 徹夫氏(日本、34歳)
(仮訳・原文英語)
長引く不況に覆われた日本は、グローバル化・高齢化といった難題にも直面し、未だ解決策を見いだせずにいる。現状を打破するためにはイノベーションの更なる創出が不可欠であり、医療サービス、介護、ヘルスケアの分野では特に対策が求められている状況である。
海外ではイノベーションの担い手が変化している。新技術は民間企業の研究室で開発されるのが常だった20世紀だが、1990年代には担い手が大学やベンチャー企業へと移り始め、スタンフォード大学とシリコンバレーとの産学連携が示すように、21世紀に入るとこのイノベーション・モデルが大成功を収める。1990年代後半以降は日本でも、政府、産業界、学界が協力してイノベーション・モデルの刷新を推し進めてきたが、驚くことに成果はほとんど上がっていない。シリコンバレーが基盤としている社会的ネットワークが、日本には欠如しているからである。
シリコンバレー・モデルを日本で実現させるには、国民が、国家の社会的挑戦を自分自身の挑戦と捉え、自分にできる社会貢献を探し、アクションを起こすことである。さらにはステークホルダー全員が地域のコミュニティや社会、そして世界をより良い場所にするというゴールを共有したうえで積極的かつ責任を持って団結し、オープンな関係を築こうとするのが望ましい。
革新的で自立した社会を形成していくためには、政府、企業、個人が、それぞれの責任ある役割を率先して果たしていかなければならない:
- 1)政府は、過度の官僚主義による制約を受けることなく新製品・サービスを開発・販売できる法律を制定すること。終身雇用制を再検討すること。先端技術の研究開発に取り組む中小企業の支援を強化すること。
- 2)大企業は、新興企業の事業開発を不当に妨げないこと。そして、研究者、エンジニアを優遇すること。
- 3)個人は、競争の激しい国際市場の荒波に備えること。学生は、一般教養と自然科学の両方を学ぶこと。
日本版シリコンバレーの創出は他にもメリットがある。働き方の選択肢が広がり、組織の中で働くことが全てではなくなった。キャリア観や価値観も変わっていくだろう。高齢化社会は日本に限った問題ではない。日本が新機軸を持ってこの難題に打ち勝てば、それは力強いメッセージとなって世界へ発信される。政治的安定・経済発展にも繋がり、世界から高い評価を受けるはずだ。
優秀賞
再活性化されたハブとしての日本:産業、政策及び組織能力向上に関する諸課題
オウ・ヤム・フオ氏(シンガポール、23歳)
(仮訳・原文英語)
景気低迷のさなか、日本は、少子高齢化・自殺率の上昇・ワークライフバランスの欠如といった社会的・生態学的問題にも直面している。
30年以上にわたり貿易黒字を享受した後、2011年、一転して日本は2.49兆円の貿易赤字に陥った。依然として高い生活水準を誇っているものの、日本の1人当たりの国内総生産は世界第31位である。ワークライフスタイルは悲劇的なほどストレスが多く官僚的で、毎年3万もの人々が自らの手で命を絶っている。平均労働時間も、他国に比べて圧倒的に長い。未来へ向けて、日本は少し角度を変え、より革新的な手段をもって経済を好転させ、付加価値を創造していく必要があるだろう。
日本は最先進国である。50年前と比べ、充分に成熟した。ヴィジョンを持ったリーダーとして、人材を最高の資源と見なし、最適に配分していかなければならない。品質面、そしてテクノロジーやデザイン分野においても、世界を先導するにふさわしくあるべきである。先導する針路を定め、大胆に改革を実行していくことが、日本経済の活性化にも繋がると私は思う。世界のロールモデルにもなりうるだろう。
私は、「日本ハブ国家構想」のもとに解決策をまとめた。日本は既に多くの分野をリードしているが、ハブ国家としての役割は担ってはいない。最も進歩的な国として中枢に立ち、各国と連携を取りながら世界の未来を形作っていくハブ国家-日本はその立場に立つにふさわしいし、世界各国も未来像としての日本に敬意を示すだろう。本論で特定した基幹産業、政策、組織能力向上に関する構想は、いずれも日本が先導できる分野であり、世界がリーダーを求めている分野である。近い将来、日本が自国経済を再生し、世界経済をも牽引していくことを確信している。
優秀賞
TWO INNOVATIONS-2つのイノベーションが融合するとき-
泉 隆一朗氏(日本、23歳)
(仮訳・原文英語)
アベノミクスや東京オリンピックなど、多面的に日本が国際社会の注目を集めるなかで、日本経済の成長と国際社会への貢献はより一層求められている。では、このグローバル化という国際社会・日本社会の変容において、日本経済において新たな成長を創り出すために、また、世界に貢献していくために、どういった針路・戦略をとるべきであろうか。
そのカギとなるのはイノベーションという概念であり、それは市場のイノベーションと技術のイノベーションという2つのイノベーションに大別できる。そして、この2つのイノベーションの融合こそが経済成長にとって必要である。グローバル化の進展に伴い、大企業は生産を海外に移転している。同時に、その下請け企業であった中小製造業が持つ、技術のイノベーションは最大限に活用されていない。
この中小製造業の技術のイノベーションと総合商社の市場のイノベーションが融合することで潜在的な成長力を掘り起し、日本経済の成長を促す。また、グローバル化が進むなかで大企業が海外へ生産拠点を移すことは日本に限ったことではなく、国外においても市場のイノベーションと中小製造業の持つ技術のイノベーションの融合によって潜在的な需要、さらには潜在的な成長を掘り起こすことは成長戦略として有効である。しかし、総合商社は日本に特有な事業形態であり、市場のイノベーションは容易に得られるものではない。
日本国外の中小製造業が持つ技術のイノベーションを最大限に活用するためには、日本の総合商社の市場のイノベーションが必要である。日本の総合商社の市場のイノベーションによって、国内外の中小製造業の持つ高度な技術力と世界に潜在するニーズをつなぎ合わせることは日本にしかできない「イニシアチブ」であり、「ジャパン・イニシアチブ」の重要な要素である。そして、これこそが世界への貢献であり、日本、そして世界の成長のために必要である。
審査委員長特別賞
日本を再生する-文化のメッカとしての日本
ヨン・スー・テン(マレーシア、24歳)
豊かな歴史と文化遺産に表れる神秘的イメージ。奥ゆかしさと力強さとを併せ持つ現代のポップ・カルチャー。多分野において急速かつ革新的な技術進歩を遂げる洗練さと、その独創的な手腕。多くの観点において惹きつけられる日本は、世界に類を見ない。だが、2011年3月11日に日本は東日本大震災に見舞われた。日本は悲劇から立ち上がり前へ進もうと被災地の再建に注力すると同時に、緊急性の高い経済・政治・社会・外交の諸問題に取り組み、国家としての自信を高めようとしている。景気の低迷も最重要課題のひとつであろう。
日本が抱える経済問題は多岐にわたる。国内市場は飽和状態にあるものの国際競争は激化し、自動車産業や電子産業では特に、価格面で他国に優位を奪われている。韓国や中国はGDPや国家のブランドイメージを高めようと海外市場へ積極的に進出し、今や日本と肩を並べるまでになった。少子高齢化の問題もある。経済成長の促進と日本ブランドの構築を日本政府が目標に掲げたが、本論では、“クールジャパン”戦略について考察していく。この戦略は私個人としても関わりが深く、また日本ブランド構築を予感させるものでもある。
クールジャパンは、日本政府が推進するよりも前から、世界へ波及していた。貿易収支の黒字化が数十年後に試算されているというだけで、この戦略を低評価してはならない。中長期的スパンで経済成長に貢献しうるクールジャパン戦略の柔軟性、抱えている懸念材料、政府、企業、個人に与えられた役割について、長年にわたりクールジャパンの愛好者であり消費者の視点から論じる。