第11回 日本貿易会賞懸賞論文 講評
第11回日本貿易会賞
懸賞論文審査委員会
委員長 中島 厚志
11回目を迎えた今回の日本貿易会賞懸賞論文であるが、例年のように海外を中心に多くの方々が力作を投稿してくださった。本年も応募点数は174点の多きに及び、このうち海外からの応募が131点と75%を占めた。加えて、20歳代が応募点数の過半となる91名となり、若い人々が本懸賞論文にますます関心を持っているのは大変喜ばしい次第である。
今回の日本貿易会賞懸賞論文の論題は「内なるグローバル化の推進 ~日本国内への海外人材・モノ・資金の積極的受入のためのアクション・プラン~」であった。内なるグローバル化は、国民のグローバルな視野や意識の涵養、対内直接投資促進や日本で働く外国人労働者の増加などで進展するが、なかなか進まないのが実情である。背景に、日本人にとっての語学の壁、あるいは海外の企業や人々に国内の規制・居住環境が必ずしも快適ではないことなどがあり、その改善は容易には進まない。
提出された多くの論文は、このような背景を踏まえ、どのようにすればもっと日本が内なるグローバル化を実現できるかについて多くの提言を行っている。その中でも多かったのは、教育などを通じた人材のグローバル化に係わるものである。教育機関のグローバル化にまで言及している論文もある。
一方、今回の論文では、例年と比べてもバランスが取れた質の高い論文が多かったものの、瞠目させられる提言が少なかったようにも見受けられた。これは、論者の問題というより、日本の内なるグローバル化がいかに難しい課題かを改めて示すものであったと言えよう。結局、内なるグローバル化を一気呵成に実現させる決定打はなく、世界の動きを一層意識しながら、地道に内外に開放的な経済社会を構築するよう国民自身が努力することが一番重要との点が大きな結論であるように感じられたところである。
今回については、例年同様多くの力作が最終選考に残り、残念ながら大賞論文はなかったが優秀賞3点が選出された。いずれも、論旨が明快で読みやすく、論理的にも納得感がある粒ぞろいの論文である。最後に、多数の論文を読み込み、厳正な審査をしていただいた副委員長、審査委員および日本貿易会の皆様には大いに謝意を表したい。
優秀賞
Mr. Kieran Hull:
Taking the lead : Establishing new channels providing investment yield, high wages and skills development in order to attract foreign resources
日本の対内直接投資は少なく、収益性、賃金と人材の資質でもっと魅力をつけるべきとする。その上で、海外から資本と人材を引き付けるには従来のチャネル以外のチャネルも活用することが必要とし、農業、製造業とサービス業に言及する。
農業では外国人材を引き付けることでスキルを挙げるべきとし、学生ギャップイヤーの活用を含めたアグロツーリズムなどを提案する。製造業では、競争力維持には投資家に評価されるコーポレートガバナンスなどの一層の導入が必要とし、日本企業の技術開発とイノベーションが直接投資を呼び込むことを強調する。また、サービス業では、日本には証券取引所機能や中小企業データベースなど、サービス業企業の日本経由でのアジア展開に活用できるサービスが多く存在しており、このことが海外企業の対日投資を促す要因になると指摘する。
論文は論旨明快かつ洗練されている。実証的である点も評価される。また、よく調べており、分野別の言及もアイデアがあって興味深く、内容として大いに充実している。一方、アイデアの多くがかなり細かいだけに、その実際の効果は限られる可能性がある。これらの分野で、もう少し包括的な提言があれば申し分なかった。
優秀賞
Mr. Manuel Jeffrey Sistoso:
Globalization and Ways to Reinvigorate the Japanese Economy in the 21st Century
教育、研究、イノベーションを経済活性化の3本柱とし、日本が内なるグローバル化を果たすためには、今後の日本経済を支えるこれら3分野に注力すべきとする。その上で、文科省の留学生奨学金の課題や東大から入学許可された留学生の多くが辞退する事例などを挙げながら、アクションプランとして①英語授業増加などによる学生の語学力向上、②支給額増額などの留学生向け奨学金制度拡充、③企業の外国人受け入れ増、④東アジアの起業アイデアを移入し、アジア向け財サービスの受け皿の役割を果たすイノベーション・ゾーンの創設、などを提言する。
自らの経験にも裏打ちされていると見える論文で、とりわけ教育での課題と改革方向について良く調べた上で論じている。論旨に無駄がない上、提案も具体的で分かりやすく、説得力があるレベルの高い論文に仕上がっている。
一方、全体として教育についての記述にウエイトがあり、研究や企業部門などへの言及がやや少なくなったことは、やや残念であった。せっかく教育やイノベーション・ゾーンについて興味深い指摘をしているだけに、もう少し幅広く内なるグローバル化のアクションプランを示してあればと惜しまれる。
優秀賞
Ms. Shuangyu Ma:
STEMming the tide : strategies for promoting globalisation in Japan
内なるグローバル化のために、日本に比較優位性があるSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)分野で教育機関と企業が海外資源を引き付けることがキーポイントだとする。
そして、外国人材を引き付けるために、日本でSTEM分野に在籍している留学生の割合が少ないことやオーストラリアでの事例などを具体的に示しながら、留学生についての語学要件の緩和や日本での就職・定着支援などを提言する。
一方、対内直接投資については、STEM関係の海外企業に対日直接投資を促す特別インセンティブ付与を提案する。その上で、STEM技術があり高齢化が進む日本では、とりわけ医薬や介護ロボット分野での進出が、高齢化が進む韓国や中国をも見据えて重要とする。
海外からヒト、モノ、カネを引き付けるための方策を、日本が比較優位性を持つSTEMに絞って論じたことが、「STEM」がアピールする語感とも相まって強いメッセージ性のある好論文につながった。また、全体に日本の状況をよく調べている点も大いに評価される。STEMのうち具体的説明や記述に乏しいMathematicsについても個別の提言があれば、もっとレベルの高い論文に仕上がっていたのにと惜しまれる。