第12回 日本貿易会賞懸賞論文 講評
第12回日本貿易会賞
懸賞論文審査委員会
委員長 中島 厚志
日本貿易会賞懸賞論文は12回目を迎えたが、今回も海外を中心に189件に及ぶ力作が揃った。とりわけ、今回の大きな特徴は海外そして若い方々の応募が例年になく多かったことにある。海外からの応募は170件と過去最高となった。また、応募点数の6割近い109件が海外を中心に10歳代、20歳代の方々の応募である。
今回の日本貿易会賞懸賞論文の論題は「いま問われる貿易と日本企業の役割」であった。世界貿易の伸びが鈍化している現状に鑑み、相対的に高い伸びを維持しているサービスや知的財産などのサービス貿易を一層拡大させ、世界の持続的繁栄を可能にする新たな「貿易と日本企業の役割」について論考を期待したものである。
この論題に対しては、サービス貿易の重要性を指摘した上で、日本企業がもっと知財力やブランド力の向上に注力すべきことを示す論文が多かった。また、ブランド力に日本の象徴的存在である富士山や新幹線を活用すべきとする論考があったのも興味深いところである。さらに、日本企業の対応では、その人材への外国語学習の必要性を指摘する論文が多数あったのも特徴的であり、貿易やグローバルな投資が他の主要先進国ほどには進んでいない日本の課題と処方箋を突き付けられた形である。
今回の論文選考では、優秀賞に4点そして審査委員長特別賞に1点が選出された。これだけ優秀賞が揃うのもそう多いことではなく、今回の応募では粒が揃った力作が多かったことが示されていると言える。もっとも、残念ながら大賞に該当する論文はない結果でもあった。今回の論題が独創性を発揮しにくい面があったとも推察される一方で、世界において反グローバル的な動きが見える中、今後とも先進国と新興国の貿易を増やしながら双方ともに目に見える利益があがる新たな貿易スタイルを編み出していくことの難しさが改めて実感された次第である。
入選作の講評は以下のとおりであるが、今回も多数の論文を読み込み、厳正な審査をしていただいた副委員長、審査委員および日本貿易会の皆様に大いに謝意を表して審査委員長の講評と致したい。
優秀賞
Mr. Xiaochen Su:
Spelling out Value Propositions to Foreign Markets : a Recipe for Japanese Firms to
Move up the Value Chain in International trade
新興国企業が競争力をつけてきている中で、日本企業がどれだけ海外生産者と消費者に価値提案をできるかが今後貿易で勝ち抜くキーポイントだとする。そのためには、日本企業の海外でのプレゼンスを維持向上させることが不可欠であり、海外消費者のライフスタイルを向上させる日本の独自文化やプレミアム性を盛り込んだ製品とサービスを持続的かつ積極的に提供すべきとする。同時に、これらの日本的価値を広めるため、日本の政府と社会も巻き込んで海外市場を共同開拓すべきと力説する。
参考文献は豊富であり、よく調べていることが窺える論文である。論理構成も緻密で説得力がある上、全体に読みやすく、前向きな論考となっている点も評価される。日本の生活スタイルを日本企業の価値提案の強みと示す点も独創的である。斬新な示唆がもう少しあれば申し分なかった。
優秀賞
Ms. Jiaqi Zhang:
Japan : not lost but RESET
他国より早い速度で少子高齢化が進んでいる日本は、対応として開発する技術と製品を将来外国向けに活用できるとする。その上で、日本としては労働力高齢化の影響軽減と海外市場開拓が不可欠であり、①教育のサービス化(RES)、②エコシステム戦略輸出(ESE)、③Self enable型テクノロジー(SET)の3つを戦略とするRESETが必要と主張する。そして、日本はこれからの十年を失われたものではなく、進路リセットの好機とすべきと結論づける。
日本の実情をよく調べた上で、多くのアイデアを提示している好論文である。また、論理的な論考であり、RESETに要約されたメッセージ性とself enableと消費者に委ねる姿勢など独創性もある。全体を包含する構想がもう少し大胆であれば申し分なかったと大いに惜しまれるところである。
優秀賞
Mr. Sok Heng Lay:
Japanese Companies towards Global Trades in Service Sector
日本のサービス貿易は他の主要国と比べると相対的に少なく、日本企業としてどのようにサービス貿易でシナジーを発揮できるかが大事とする。そのシナジーとして、①生産性、②ブランド価値、③マーケティングの3つが日本企業にとって重要とした上で、生産性については構造的なイノベーションと有能な人材、ブランド価値ではサービスのブランド化、マーケティングでは世界市場でのユニークなマーケットニッチの維持が必要と指摘する。そして、この実現には個人のコミットメントとモチベーションが不可欠と結論づける。
日本企業の改革ニーズは理解できるし、新たに目指すべき方向が丁寧に記述されている。また、生産性等3つの指摘はもっともであり、論点を絞りながらステップを踏んだ論述が読みやすい論文に仕上げている。敢えて言えば、もう少し3点を統合するイメージを示すことが出来ていればよかった。
優秀賞
Mr. Long Bao Vuong:
3’S TO AUGMENT THE ROLE OF JAPANESE COMPANIES IN GLOBAL TRADE
世界貿易の伸びは国内・海外経済双方の成長に寄与するとした上で、現状貿易は減速しており、特に先進国の成長率が鈍化しているのが問題と指摘する。そして、その解決には世界の政府、国際機関と特にビジネス界の参画が不可欠とする。その上で、日本企業の役割としてSell、Self、Shareの3Sが必要とし、富士山、新幹線などを活用して日本の観光業振興や日本企業の技術革新力を売り込み(Sell)、武士道や環境配慮などで日本のイメージを良くし(Self)、日本企業の技術力を世界とシェアする(Share)ことが日本を良くし、世界貿易を促進することにもつながると主張する。
丁寧に日本の発展とその良さを論述しており、よく調べている。日本に対する論者の温かい眼差しが伝わる論文でもある。また、日本の象徴として富士山や新幹線を活用すべきとの点は興味深く、独創的でもある。それだけに、他の文献をもっと引用・明示してあれば申し分なかったと惜しまれる。
審査委員長特別賞
Mr. Baltazar Jr Sabado:
‘’SHOSHA-as-a-SERVICE ‘’ : The SHOSHA of Tomorrow’s business model for
tomorrow’s business environment
昨日の商社は資源貿易ビジネス、今日の商社は貿易解決ビジネスに立脚しているのに対して、明日の商社はサービス提供ビジネス(SHaaS)に立脚すべきとする。そして、明日の商社のビジネスモデルは、知財サービスを提供し、その財務力を取引決済に活用してフィーを稼ぐ形であるとして、外延的なマーケットインテリジェンス、資金力、リスクマネジメント能力の3要素が必要と指摘する。その上で、これから商社が行うべきことは、資金力強化、エクセレンスセンターの設置とコンセプトの検証と主張する。
商社のビジネスモデルを独自の視点で示しており、興味深い論文となっている。論考が商社論になっていて今回の論題である「新たな貿易と日本企業の役割」から離れているのが大変残念なところであるが、従来とは大きく異なった斬新な商社論を示している点を評価して本論文に審査委員長特別賞を与えることと致したい。