日本貿易会賞懸賞論文 Awards JFTC Essay Competition

第13回 日本貿易会賞懸賞論文 入賞作品要旨

優秀賞

自由貿易は最善の政策か?

アンナ・リー・アリ(トリニダード・トバゴ)
(仮訳・原文英語)

世界貿易の拡大が減速し続ける中、当事者全員にとって互恵的な貿易を確保しつつ、国の自治とグローバル化のバランスを取るには、国際貿易のルールを見直す必要がある。自由貿易を主張し、すべての国に対して同一のルールを適用することは簡単だが、実際には各国には固有の事情、制約、目標があり、より良い貿易システムを構築するにはこの点を考慮する必要がある。自由貿易は経済学者がかつて煽ったような妙薬ではなく、自由貿易に長所があり、的を絞った施策によって短所の一部を抑制することが可能だとしても、保護主義が提唱される特殊な事情や一時的な状況も存在する。あるいは、自由貿易協定の交渉の際に文字通り「断固とした」姿勢が取られる時代にあって、商業面のメリットと引き換えに国益を犠牲にすることがないように、自由貿易から逸脱して国益を守ることが必要な場合もある。

世界の貿易環境は世界貿易機関(WTO)のルールや責務に関係していることから、貿易システムが改革されることで、世界の貿易環境にも変化が予想される。WTOは紛争解決が非常に遅く、WTOの業務効率も改善が必要である。さらに、既存の貿易インフラの見直しにあたっては、国際市場におけるすべての技術の発展を考慮に入れるべきである。技術の発展が現在も将来的にも貿易の仕方に影響を与えて変化させていくからだ。グローバル化がポピュリストからの圧力に対抗しようとするなら、各国政府は国民に対し自由貿易協定に伴うリスクや不利な点を率直に伝え、貿易が自国経済に及ぼす壊滅的な影響を軽減する適切な対策を国内で実施しなければならない。国同士の貿易を推進するためには、法の枠組みも強化すべきである。

国家主権とグローバル化との間のバランスを取り、互恵的な貿易を確実にする、まずは開放的でグローバルな経済こそ、完全な自由貿易よりも好ましく現実的な解決策である。それは、世界経済の回復を損ないかねない不公正な貿易によって引き起こされる可能性のある通商戦争を回避することにもなるであろう。

優秀賞

日EU自由貿易協定 – グローバル貿易体制を改善するための青写真

ヤン・ウルリッヒ・ロタハー(ドイツ)
(仮訳・原文英語)

世界貿易機関(WTO)の貿易交渉が行き詰まっているだけに、WTOを通じて多国間貿易での自由化を望んでも期待することは難しい。その代わりとして、本稿では各国が二国間協定や域内協定に軸足を移すことを提唱する。確かに、これは次善の策にすぎないかもしれないが、WTOでの多国間交渉が暗礁に乗り上げた以上、致し方ない。経済大国がクリーンで自由化率の大きい協定に合意して主導すれば、経済面でのメリットを逃すまいと他国が追随することも期待できるであろう。先に合意された日本と欧州連合(EU)の貿易協定は、こうした協定の代表例である。

こうした協定に対しては利益団体や非政府組織からの抗議が予想されるため、協定の締結を成功裏に導くことがもうひとつの課題である。欧州と日本の交渉担当者は根拠のない批判を退け、大物政治家や財界の様々な支援を得ることができた。こうした交渉担当者による制度設計と交渉締結への決意を踏まえると、日本とEUの自由貿易協定は世界の貿易体制を改善する青写真となる可能性がある。

優秀賞

市場開放で日本経済の体質改善を~人口減社会下での経済成長のために~

ストーンさちこ(日本)

日本の安倍政権が成長戦略のもと自由貿易協定を推進する一方、昨年起きた英国のEU離脱、米国で誕生したトランプ政権など保護主義の台頭を象徴するような出来事が世界で起き、現在も国家主義ともいえる保護主義が世界で広がりを見せつつある。

現在、賃金格差の拡大、食の安全への不安、産業の空洞化などへの懸念が自由貿易主義への反発を増幅させ保護主義的傾向が強まっている。しかし、保護主義によって世界貿易が縮小することになれば、世界経済全体が低迷し、結局は負の影響が自分のところへブーメランのように戻ってくることになる。過去の事例が示しているように保護主義によって自国の産業の持続的な成長を達成することはできず、保護主義にかかるコストは国民が負担することになる。

自由貿易のメリットは、輸出の促進、輸入価格低下による経済効果よりも経済構造の改革による効果的な資源配分、生産性の向上などの中長期的経済効果である。

構造改革の痛みを和らげる調整コストは、もちろんかかるが積極的な雇用政策、対日投資環境の整備、商社の知恵を生かした農業付加価値向上のためのビジネスモデル構築などで自由貿易のメリットを最大化するべきである。

特に人口減少、高齢化といった問題を抱える日本にとって、自由貿易協定で市場をオープンにし、日本経済の体質改善を行うことが持続可能な成長を達成できる唯一の方法である。また、今まで手厚い保護のもとポテンシャルを発揮できていなかった農業などの分野が大きく飛躍し、日本へ人、モノ、資金を集める最大のチャンスをもたらしてくれる。

審査委員長特別賞

自由貿易:21世紀に経済的・社会的ニーズを同時に満たすものとして

スラービー・チャトゥルヴェーディー(インド)
(仮訳・原文英語)

人類は太古の昔から、買い手と売り手の欲求を相互に満たすことで生き延びてきた。結局のところ、生存に必要なものすべてを自分ひとりで持っている人間など存在しない。これは万国共通の真理であり、ここに自由貿易の核心がある。自由貿易は人類の最大限の欲求を最低限のコストで満たす。自由貿易が経済的に理にかなっているのは明らかである。ところが、自由貿易を擁護するこうした主張には必ず「金がすべてではない」という断り書きがつく。貿易がこれまで常に人同士の接触の軸であり、これからもそうであるにもかかわらず、保護貿易主義の動きは自由貿易を物質主義で人間性を損なうものとして断罪する。本稿の主張は、自由貿易から得られるメリットは、社会的・政治的側面にも及ぶというものである。自由貿易が平和に寄与する側面も取り上げる他、自由貿易によってもたらされるとされる個人の個性や多様性の喪失についても論考する。

さらに著者は、自由貿易が民主的であることを認めている。すなわち、自由貿易の成功に向けて、保護貿易主義者も自由貿易主義者と平等なステークホルダーとして扱われる。詰まるところ、自由貿易の枠組みにおいては、保護貿易主義者の主張は認められ、そして、受け入れられるものでもある。この枠組みでは2つの柱を基盤としている。1つ目は、保護貿易主義者の懸念を商品化することで、自由に取引できる品目に含めること。そうすれば、保護貿易主義者は自らの懸念を満たした上で、比較優位の機会が得ることができる。2つ目は、商社と協同組合のハイブリッドといえる新たなビジネス連携モデルを設立する法制度が必要であること。このモデルは小規模ビジネスの独立性と個性を守りつつ、商社の経済力を活かしていく。各々のステークホルダーに役割が割り当てられている。