日本貿易会賞懸賞論文 Awards JFTC Essay Competition

第13回 日本貿易会賞懸賞論文 講評

第13回日本貿易会賞
懸賞論文審査委員会
委員長 中島 厚志

13回目の本年の日本貿易会賞懸賞論文は、266件という過去最大の応募となった。今回の特徴は、海外そして若い方々の応募が従来にまして多かったことである。海外からの応募は全体の89%を占めたうえに合計64か国とさらに幅広いものとなった。また、応募点数の65%を10歳代、20歳代の方々が占め、11歳から80歳までの幅広い年齢層の応募があったことも喜ばしいかぎりである。

今回の日本貿易会賞懸賞論文の論題は「自由貿易体制の今後のあり方 ~課題と処方箋~」であった。自由貿易体制は、モノやサービスの自由な国際取引を推進するものであり、経済発展にも寄与する。しかし、一方では経済格差拡大や失業の増大あるいは一部産業の衰退などにつながる可能性もあり、特に世界経済の成長が鈍化した近年では保護主義的な動きが拡大している。このような国際情勢を背景に、今回の論題は自由貿易体制の功罪を整理するとともに、どのようにすればメリットを増やしデメリットを減らせるかを問うたものである。同時に、本年が日本貿易会創立70周年に当たることから、自由貿易体制の論考の中に商社の役割についての分析・提言を含むことを歓迎する扱いとなった。

この論題に対しての応募論文であるが、自由貿易は各国の比較優位の財の輸出を世界市場に伸ばすことで経済成長を図れる仕組みであり、優れているとの指摘が多かった。その上で、途上国の幼稚産業や競争力がない自国産業をいかに自由貿易と齟齬のない形で守りつつ育成していくかが重要との見方もあった。加えて、放置すれば仕事を失いかねない人々を競争力のある産業に適合できるように転換していくことが不可欠との指摘も多かった。また、デメリットはありつつも自由貿易の方が保護主義と比べて優れていることを、国民の理解を得るよう政治的な努力が必要だし、国際協調努力も欠かせないとの意見も多くあった。

今回の応募では粒が揃った力作が多かっただけに甲乙つけがたいものがあったが、審査では論文の論理性や文章力などに加えて独自性とメッセージ性も重視された。そして、優秀賞に3点そして審査委員長特別賞に1点が選出された。もっとも、昨年に続いて本年も大賞に該当する論文はない結果でもあった。今回の論題が正面から自由貿易体制を問うものであっただけに、傑出した視点を提示しにくい面があったとも推察される。

入選作の講評は以下のとおりであるが、今回も多数の論文を読み込み、厳正な審査をしていただいた副委員長、審査委員および日本貿易会の皆様に大いに謝意を表して審査委員長の講評と致したい。

優秀賞
Ms. Anna Lee Ali:
Is free trade best policy?

自由貿易には、①国民とりわけ低所得層の実質購買力増加をもたらす、②ビジネス機会拡大と雇用創出に寄与して経済成長を促進する、③各国間の経済関係緊密化を通じて世界の平和と安定に貢献する、といったメリットがあるとする。一方、幼稚産業保護や衰退産業再生の時間稼ぎなど保護主義の利点や、所得格差拡大や商業的利益が優先されがちになるなどの自由貿易が抱える不都合な点にも言及した上で、自由貿易は良いとしても現実的には最良策ではなく、各国の実情を踏まえた修正やWTOルールの見直しなどが不可欠とする。

自由貿易のメリットとデメリットを論理的に整理している。とりわけ、各種の実証分析、経済理論と見解が要領よく示され、説得力がある。加えて、英語は読みやすく、自由貿易の是非どちらかの見方に偏することなく、バランスが取れた好論文となっている。惜しむらくは、引用ではない独自の分析と見解がもう少し織り込まれていれば申し分なかった。

優秀賞
Dr. Jan-Ulrich Rothacher:
The Japan-EU FTA – A blueprint for improving the global trade regime

自由貿易と保護主義に言及し、ベストソリューションは多国間FTA、セカンドベストは二国間FTAであると結論づける。そして、TPPとTTIPを見た上で、日EU・EPAを例にとって経済連携には協調と国民の納得が必要とし、この日EU・EPAが将来の経済連携深化のモデルになるとする。

自由貿易全体を論じる多くの論文と異なり、日EU・EPAという個別事例で議論を展開する。論理的である上に、全体に前向きに自由貿易そして自由貿易協定の効用を示すに至っており、日EU・EPAがWTOに代わって世界をリードするとの指摘も興味深い。

もっとも、日EU・EPAの個別事例にフォーカスした点は独自性が感じられるものの、もっと幅広く自由貿易を俯瞰し、問われる自由貿易の弊害と保護主義の高まりに対する処方箋となる視点があったらよかった。

優秀賞
ストーンさちこ氏:
市場開放で日本経済の体質改善を~人口減社会下での経済成長のために~

自由貿易のメリットは、それぞれの国が持てる能力を最大限に活かし経済成長をすることや生産性向上の取り組みが進むこととする。他方、負の側面として雇用喪失や賃金格差拡大を指摘しつつ、そのメリットを活かしデメリットを最小限にするために、産学官によるリカレント教育充実、働き方改革、保護されていた農業などの分野の改革と対日直接投資の環境整備を提示する。そして、日本市場をオープンにすることで日本経済の体質改善と持続的な成長を達成できると結論づける。

読みやすく、よく整理された論文である。また、論理的に考察を進めつつも理念や論理一辺倒にならずに国民目線で自由貿易の問題を押さえている点は理解しやすく、処方箋も具体的である。欲を言えば、論考が日本市場に限定されており、もう少し自由貿易を幅広く捉え、体系的な考え方で処方箋が整理できれば申し分なかった。

審査委員長特別賞
Ms. Surabhi Chaturvedi:
Free Trade : Satisfying the Double Co-incidence of Economic and Social Wants
in the Twenty-First Century

自由貿易の考え方と理論の変遷を神話の時代から説き起こす。その上で、比較優位論を一つの軸として自由貿易が保護主義に勝る点を詳述する。そして、保護主義の利点を打ち消す自由貿易モデルは、交易可能な財の種類を増やし、あわせて小企業のバーゲニングパワー集積とリスク分散を図る仕組みの構築であるとする。そして、バーゲニングパワーとリスク分散を可能とする仕組みが日本の商社的機能であるとして協同組合型商社モデルを提示する。

経済面から自由貿易の功罪を見る論文が多い中、歴史や政治外交の面からも自由貿易体制を見る点は特筆される。また、途上国が自由貿易にあっても競争上不利にならない機能として商社的機能を提唱するのは、実現性の問題はあるとしても独創的である。近年保護主義的な動きが広がる中では、もっと具体的処方箋があればよかったが、商社的機能が自由貿易の不備を補うとの提案は興味深く、特別賞に値する。