日本貿易会ご案内

有識者が見た商社の未来像

毎日の暮らしのすぐそばから地球の裏側まで、多種多様なビジネスを展開しているにも関わらず、その実態がよくわからない「商社」。時代とともにビジネスモデルを変化させ、今や空前の好業績を上げている「商社」。
これから先、「商社」はどこへ進むのか? そこに明るい未来はあるのか?
商社の未来像について、3人の有識者がトークを展開。商社の存在意義から商社で働くことの意義まで、各専門分野の経験や知見をもとに考えをぶつけ合いました。
※本記事は、シンポジウムのトーク内容から要旨を抜粋し、編集・再構成したものです。

登壇者情報

楠木 建 氏
一橋ビジネススクール 教授
楠木 建
KUSUNOKI KEN

専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究。

森本 晃 氏
SMBC日興証券株式会社 株式調査部 シニアアナリスト
森本 晃
MORIMOTO AKIRA

2007年モルガン・スタンレー証券株式会社に入社。約5年間鉄鋼セクターに配属後、2012年より商社セクターを担当。2013年より現職。

松尾 博文 氏
株式会社日本経済新聞社 上級論説委員兼編集委員
松尾 博文
MATSUO HIROFUMI

エネルギー問題、インフラ輸出、中東・アフリカ情勢などの分野を中心に、商社、エネルギー、機械・プラントなどの業界や経済産業省、外務省への取材を担当。

商社のこれから

「商社3.0」はあるのか?

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楠木

世界各地での貿易取引を通じて手数料を得るという時代が「商社1.0」。商社自身が投資をして経営に関与することでリターンを得るという時代が「商社2.0」。そして、これからは「商社3.0」の時代だという意見がありますが、はたして3.0はあり得るのでしょうか。私としては「それはないだろう」と思っているのですが。

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森本

私も3.0の商社像は想像がつかないのですが、「商社2.5」みたいなことは少し言えるかもしれません。2015~2016年に三井物産や三菱商事が創業以来の赤字に転じるという状況の中で、単に事業投資だけではなくハンズオンで経営に関与してくという方針に変わっていった。これによって2.0から2.5になったと言うことはできるかと思います。

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松尾

「ない」のではなく、まだ3.0の姿が見えないだけなのだと思います。商社は絶えずフロンティアを探してきました。1.0は物理的なフロンティア、2.0は新しいビジネスモデルというフロンティアで、今は次の次元へと向かう時期が来ている。そこにはおそらく無限の可能性があって、その可能性を追求するためにいかに変化していくかということが、今まさに問われているのではないかと思います。

未来に「総合商社」は必要か?

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楠木

商社が次の段階に行くとしたら、商社という枠を超えてまったく違う形になるのではないか。そうなると、もはや商社という定義に収まらなくなる。だから「商社3.0はない」と考えたのですが、もし3.0があり得るとしたら、どのような姿が考えられますか?

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松尾

食料品や機械、資源など多様な事業領域を一つの資本のもとで持っていることがこれからの時代に必要か?ということを突き詰め、答えを見出すことが3.0へと移行する条件なのではないでしょうか。

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楠木

さまざまな事業が一つの会社に入っているというのは、投資家や株主の立場で見ると非常に評価しにくい部分でもあります。森本さんは資本市場の視点から、この総合商社というものをどのように見ていらっしゃいますか?

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森本

商社という業態は間違いなくコングロマリットで、投資家からするとやはりわかりづらい。いろいろな株式評価手法がありますが、どうしてもディスカウントがかかってしまうというのは事実としてありますね。

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楠木

商社が「総合」であることの意味について、松尾さんはどのようにお考えですか?

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松尾

例えば脱炭素などの新しい時代の要請に対して、従来のように一つの部門だけで応えることはおそらく不可能でしょう。だから、さまざまな部門から必要なものを汲み出して、苦境を乗り切っていく。そういう役割において「総合」という力の意味があると思います。

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森本

いろいろな事業が有機的に結びついて、社内でなければクリエイトできない、本当の意味でのシナジーが生まれれば……。そこに我々が今までみたことのない新しい商社像が隠されているかもしれません。

商社の「総合力」とは?

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楠木

商社という器があって、その中にいろいろな事業が入っていないと実現できなかったという例は何かありますか?

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松尾

たくさんありますが、例えばアジアに発電所を建てるとなると、発電所を運営する人や資金、機械、燃料、輸送などが必要になるので、それを機械やエネルギーなどの各部門が担うわけです。そのようにしてサプライチェーン全体を作るということを、90年代の商社はうまくやってのけた。そして、そういう手法を鉄鋼や自動車、食料品といった分野でも同様に横展開した。それが「商社2.0」というモデルの成功を生んだのだろうと思います。

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楠木

そういった手法の発見や横展開は、会社が分かれていてはできない、ということですね。

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松尾

古くさい言い方ですけれども、やはり同じ社内にいることでスムーズに行く部分も多分にあるんだと思います。また、商社が持つ古典的な機能としては、与信や情報収集、対外的な交渉力というものもあって、そういう下地の上に、新しいサプライチェーンや新しい仕事を作るというサイクルがうまく回るようになったことが、ほぼ10年おきにやってくる危機を乗り越え、未曾有の好決算につながったのではないかと思います。

商社の変化と進化

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楠木

言われてみると確かに、商社は10年に一度くらい本当に大変な時があって、それを乗り切ったからこそ今がある。しかし、逆に言うと危機が来ないと商社はなかなか進化しないのかもしれません。

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松尾

実際、危機に直面して生き残れなかった商社もあります。そうした中で、何と何をつなげれば化学反応が起こって新しいビジネスが作り出せるかという経験や知見を重ね、今の商社は生き残ってきた。これはまさに沈没を避けるために磨きをかけてきたリスク管理ゆえのものだと思います。

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楠木

約10年に一度の頻度で危機に直面するというのは、ずいぶんと脆弱な商売とも言えますよね。そういったかなり難しい、無理筋に近いものを抱えてきて、今も生き残っている人たちというのは、相当に磨かれている人たちなので、やっぱりそれなりの強みがある。そこが商社の面白いところですね。
ただし、今後も商社という形が続くと仮定しても、どのような事業集合体であるべきかという点に関しては、大きな商社でも20年前と比べて違いが出てきていますよね?

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森本

「総合商社」という冠は同じでも、それぞれが強みとする“やり口”や“切り口”は多種多様です。特にこの数年は、各社のビジネスモデルや稼ぎ方がだいぶ変わってきたように見受けられます。10年サイクルで浮き沈みを繰り返す中で、自分たちの強みに気づいて、その結果、各社それぞれのスタイルが生まれてきたのではないでしょうか。

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楠木

スポーツは一つの基準で優劣が決まります。しかしビジネスの場合、戦略の本質は「違ったポジションをとる」ということなので、一つの業界に複数の勝者が同時に存在し得る。商社に関しても、段々そういうふうになってきているのかもしれません。

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森本

どの時代であってもおそらく重要なのは「危機意識」だと思うのですが、現在のような好業績の中でも、商社のみなさんは決して浮かれていない。企業が成長する過程の中で自分たちのことだけを考えればいいという時代は終わっていて、むしろ経済価値と社会価値を連携させながらビジネスを進めていかなければいけないという意識を持っています。そういった危機意識の持ち方を考えると、この先は決して暗くないと言えるかと思います。

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商社で働くということ

商社で働くことの魅力は?

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楠木

今日ご覧の方の中には、就職先として商社を考えている若い方もいるかと思います。そこで、商社で仕事をすることの意味ということに関して、お二人はどのように感じていらっしゃいますか?

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森本

外から商社という組織や人を見させていただいて、時には一緒にお食事したりする中で感じるのは、本当に魅力的な人たちが多いということ。それだけは確実に言えます。
例えば、畜産をやられている方と焼き鳥屋さんに行ったら、いろいろな部位のことをかなり詳しく話してくれたりするのですが、その方に限らず、みなさん本当にプロとしてその道を極めた人ばかり。そういうところに、私としては商社で働くことのエキサイティングな要素や魅力を感じます。

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松尾

異論はないのですが、あえて辛口のことを申し上げると、地球を相手に商売ができるダイナミックな仕事で、一人ひとりはものすごく魅力的な人たちであるのにも関わらず、大変失礼な言い方ですが、スタートアップのように新しいものを生む力が、なぜ出てこないんだろうと思うときがあるんです。

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楠木

21世紀の初めの頃のスタートアップはWebとかITとか、ちょっと語弊がありますけれども「軽い」ものが多いですよね。それに対して、商社が地力を発揮するのは国の利害関係なども関わるシリアスなビジネスだと思うんです。もし今後、スタートアップのテーマがシリアスな方向に動いてきたら、商社の活躍する余地はこれまでよりも大きくなるかもしれないですね。
ちょっと話を戻しますけど、僕が商社の人に感じるのは、明るさなんですよね。ダイナミックな仕事で、変化を楽しんでいる人が多い。大変な状況に直面して「参った!参った!」と言いつつも、そういう仕事が嫌いじゃない。そんな人たちがたくさん集まっているというのは、働く場所として他にはないし、それが大きな魅力ではないかと思います。

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森本

プロとして道を極めるということに関しては、時代の流れの中で、もしかしたらその道から撤退してしまう可能性もあるわけです。でも、総合商社という器であれば、培ったノウハウをまったく違う畑で横展開できる。つまり、その人が育っていく過程の中で、生き残る道が、一つの商品だけを扱っている事業体よりも商社の方が多いと言える。そういうところも、商社の特異な要素ではないでしょうか。

商社を目指すときに気を付けてほしいことは?

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楠木

仕事の場として商社は非常に魅力的に見える一方、新卒で入社を考えている人たちが誤解していそうな点は何かありますか?

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松尾

これはまさに「配属ガチャ」という問題があるかと思います。その道のプロフェッショナルになるからには20年も30年も一つの分野をやり続けることになるのですが、部門によっては出世が難しいところもあるわけです。ただし、この点に関しては商社も気づいているので、もし入社して配属ガチャの問題に直面しても、いずれは乗り越えられるとは思いますけれど。

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森本

社内の制度を見ても、部門異動などのフレキシビリティがちゃんと担保できるような形に変わりつつあるようですしね。とはいえ、最初に配属された部署で「なんでこんなことやらなきゃいけない?」と思う可能性はあるでしょうし、20m先の部長職に行くまでに何十年もかかることもあるかもしれない。もしそういうことが気になるようであれば、その人は商社に入社しない方がいいかもしれません。それから、安定を求めるなら絶対に商社はダメですね。安定を求めては何も成長にならないので。そういう発想がある人は、他のところに行った方がいいと思います。

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楠木

実際に知っている人の顔を思い浮かべるとやっぱり狩猟系の人が多い印象ですね。

コンサルと商社どちらを選ぶ?

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楠木

最近は「いろいろな業界や会社を知ることができる」ということで、最初の就職先としてコンサルティング業界が注目されているようですが、僕としてはこの傾向にちょっと疑問を抱いています。かつてスティーブ・ジョブズが「コンサルタントはバナナの絵を書く人で、バナナを食べる人じゃない」といった話をしていたんです。絵を描く能力は確かに優れていて、バナナだけでなくブドウやミカンの絵も描いた経験があって、すごく幅広い経験があるように見えるけれど、どれ一つとして食べたことがない。それに対して、我々は実際に果物を作って食べる仕事なんだ、と。これは実業とコンサルティングの違いですけど、商社にもやっぱり「実業感」があると思うんですよね。

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松尾

総合商社の場合は、どんな部門に配属されようとも、必ずお客様との接点があるわけです。工場や販売の最前線に立って、リアルのビジネスに触れることができる。そういう機会は、絶対に持った方がいいでしょうね。そういう意味で、商社は事業の間口が非常に広く、リアルビジネスに接する機会が無限にある。これは非常に大きな強みと言えます。

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森本

リアルビジネスのアセットを持っているのは本当に大きな強みですね。

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楠木

ただし、そういう環境やアセットを使えるかどうかは、その人しだい。そういうところも商社の特殊性であり、面白いところだと言えるかと思います。

商社を目指す人へのメッセージ

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楠木

それでは最後に、これから商社で働こうかと考えている人にメッセージをお願いします。

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松尾

商社には、多種多様な素晴らしい人がいる。変化の激しい時代に、そうした人たちが何を生み出すのか。プロフェッショナルの集団がどういう科学反応を生み出すのか。そこが商社の面白いところであり、これから先、ぜひ期待したいところです。

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森本

入社した当初からスタートアップみたいな仕事をしたい方は、商社には向かないかもしれない。しかし、商社にはリアルのアセットもビジネスの間口もたくさんあり、その中にはご自身の成長につながる種もたくさんあるはずです。これからの時代は「社会課題をどうやって解決していくのか」というところが世界的に一番求められることだと思うので、そういったことを頭の片隅に置きながら、配属されたところで自分自身が生きる事業や切り口を考えていっていただければと思います。

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楠木

いろいろな商売の塊が一つの器の中にあって、比較的早いうちから新しいビジネスを作って丸ごと全体を動かせる。もしくは、丸ごと全体を動かすプロジェクトに関わることができる。こういう組織は確かに世界的にないでしょうし、それこそが商社が持つ本当の強みではないかと思います。これから先、ぜひ、そういったことをやってみたい、そのために商社に入りたいという人が増えたら、まだ見えていない「商社3.0」の時代がやってくるのかもしれませんね。

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