食料事業
われわれが生活をしていく上で必要なものは沢山ありますが、食料はその中でも別格です。食料なしでは、命をつなぐことも不可能であり、ゆえに食料の安全保障は多くの人の関心を集めています。日本は、小さな国土に世界第10位の人口を抱える人口大国です。しかも、国土の7割強が山地であり、食料生産の増加には自ずと限界があります。日本は食料自給率の向上が課題とされていますが、われわれの豊かな生活を支えるためには、食料の輸入は不可欠です。また、食料輸入は量の問題だけではなく、品質も確保されなくてはなりません。商社は、食料の川上から川下まであらゆる事業に携わりながら、安定的に、かつ安心できる確かな食料・食品をお届けする役割の一端を担っています。
1. 食料事業の現状と課題
世界の食料需要は、年々増加しています。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、2000年から2010年までの10年間の需要は、穀物が21%増、大豆などの油糧種子は39%増、食肉は22%増、砂糖は33%増加しました。この間の人口の増加は13%ですので、食料の需要は、人口の増加ペースを大きく上回るペースで増加しています。この背景には、食の高度化や食肉需要の増加に伴う飼料用需要の増加に加え、バイオエタノールやバイオディーゼルといった燃料用需要の増加があります。この傾向は今後も継続し、2020年には2010年比で人口11%の増加に対し、同期間で、穀物の需要が14%増、油糧種子は18%増、食肉は20%増、バイオ燃料は67%の増加が予想されています。食料は、今後も人口の増加、および食の高度化の進行に伴い、拡大を続けると見られています。
世界の食料事業の市場規模
食料事業の市場規模は、その対象によって大きく異なりますが、Food Engineering 『Top 100 Food & Beverage Companies』によると、2012年の食料(食品・飲料)企業の世界上位100社の売上高の合計は12,971億ドルです。これは、同年のメキシコのGDPを上回り、GDPランキングの世界14位に相当する規模です。上位100社の合計は、2003年は7,649億ドルでしたので、7年間で1.7倍の規模に拡大したことになります。世界における食料需要の増加に伴い、食料事業は今後それ以上の規模の拡大が見込まれる、有望な分野といえましょう。
食品・飲料売上高ランキング 2012年
(億ドル)
企業名 | 国籍 | 売上高 | |
---|---|---|---|
1 | Nestlé | スイス | 879 |
2 | PepsiCo, Inc. | 米国 | 655 |
3 | The Coca-Cola Company | 米国 | 480 |
4 | Archer Daniels Midland Company | 米国 | 468 |
5 | Anheuser-Busch InBev | ベルギー | 398 |
6 | JBS | ブラジル | 387 |
7 | Mondelez International | 米国 | 350 |
8 | SABMiller | 英国 | 345 |
9 | Tyson Foods | 米国 | 333 |
10 | Cargill | 米国 | 325 |
TOP 10社 合計 | 4,620 | ||
TOP 100社 合計 | 12,971 |
(注) 集計には一部2012年以外のデータも含まれる
穀物メジャーは食品・飲料プロバイダーとしての売上高のみをカウント
出所:Food Engineering 『Top 100 Food & Beverage Companies』
なお、穀物の卸売りを主要業務とする穀物メジャーの全社売上高は、最大手のカーギルが1,367億ドル(2013年5月期)、第2位のADMが890億ドル(2012年6月期)となっています。食料事業の川上には超巨大企業の存在があり、原料調達の面で食料業界全体に影響を与えていることも、記憶しておく必要があります。
食料事業の分野・領域
食料の守備範囲は非常に広く、その種類は極めて多岐にわたっています。食料を品目別でみた場合、分類の方法は一様ではありませんが、一例として、18の食品群に分類できます(日本食品標準成分表による)。
日本食品標準成分表による食品群一覧
1 | 穀類 | 11 | 肉類 |
---|---|---|---|
2 | いも及びでん粉類 | 12 | 卵類 |
3 | 砂糖及び甘味類 | 13 | 乳類 |
4 | 豆類 | 14 | 油脂類 |
5 | 種実類 | 15 | 菓子類 |
6 | 野菜類 | 16 | し好飲料類 |
7 | 果実類 | 17 | 調味料及び香辛料類 |
8 | きのこ類 | 18 | 調理加工食品類 |
9 | 藻類 | ||
10 | 魚介類 | 出所:文部科学省 |
また、直接われわれが食するものではありませんが、食肉用の飼料穀物は、商社の食料事業の重要な柱です。一方、商社では化学品や機械など別の事業分野に分類されることの多い、野菜用の肥料や農薬、農機具などは、日本のJAや資源メジャーなどの食料に関わる企業・団体との取り扱い分野の一つです。その意味では、これらも広い意味では食料事業に含まれるかもしれません。
一方、食料を流通フローで見た場合、大きく分けると川上から川下まで次のようになります。これらのフローに関わるすべてが食料の事業分野であり、領域といえます。
この流通市場が、さまざまな種類の食料および関連商品において存在するわけですから、その事業範囲は極めて広く、また多様性と変化に富んだものになっています。
商社は得意とする貿易を通じた食料原料調達に強みを持っています。そして、資源メジャーとの提携や物流・倉庫会社への出資など、その強みをさらに強固なものにすべく取り組みを進めています。また、近年ではさらに川上の食料生産への取り組みや、国内外の川下分野の拡充と、その活躍の場を広げています。そして、食の安心・安全が求められる中、この物流チェーンにおいて、安全性の確認や品質の保持・管理を同時に行っています。多種多様な食料事業において、商社の取り組みや役割は日々拡大を続けています。
食料事業の課題
食料は、世界の誰もが、手の届く価格で、十分な量の供給がなされることが理想です。特に、主食の食料が十分に供給されない場合、途上国では社会不安の引き金になることがしばしばあります。2011年にチュニジアから始まりアラブ世界に広まった「アラブの春」も、その発端は、食料価格の高騰であったと言われています。
世界の食料価格は、2000年以降急激に上昇しています。FAOの食料価格指数(実質価格)によると、2013年は直近のピークとなった2011年からはやや下がったものの2000年の1.7倍に上昇しており、穀物の価格指数は同1.9倍の上昇です。世界の食料需要が大幅に増加し、基本的な食料価格までもが高騰する中、干ばつ等の異常気象による不作時において、食料供給国による輸出制限がしばしば見られるようになっています。食料事業の上流においては、安心できる食料を、十分な量で、出来るだけ安価に、安定的に調達することが最大の課題です。しかし、中国を中心に新興国が世界の食料市場において購買力を強めるなか、食料の国際調達競争は今後さらに厳しさを増すと考えられます。
また、食料事業の中流や下流部分においても変化が求められています。市場は規模だけでなく、内容の部分でも大きく変化しています。日本における近年の大きな変化としては、インターネットを通じた食料品販売の増加があります。矢野経済研究所によると、2012年度のネットスーパーの市場規模は約940億円で、その後も2割以上の成長が続く見通しです。世界を見ると、特に新興国における食料事業の規模や業態、取扱商品内容が、所得水準の上昇やインフラ整備の向上とともに、非常に速いスピードで変化し続けています。食料事業には、このような変化への迅速な対応が求められます。
そして、地球環境との共存も食料事業の大きな課題となっています。ロスの削減やリサイクルなど、流通網やチェーンを確立させ、資源の最大利用を図ることも重要な意味を持ちます。今後は、食品残渣を利用した発電やバイオマスプラスチックなど、地球環境を絡めた別の事業分野との連携も増えるかもしれません。
2. 世界の食料事業の拡大状況
食料事業の(分野別)市場状況
食料の中で、近年特に需要が増加しているのが、トウモロコシと大豆です。米国農務省によると、2012/13年の世界消費量は、2002/03年比でトウモロコシ、大豆ともに1.4倍に増加しました。数量にすると、トウモロコシ2.3億トン、大豆が0.7億トンの増加です。この10年間のトウモロコシの消費量の増加分のうち、4割が米国のバイオエタノール用、2割が飼料用です。食料はいまや、エネルギーの安全保障や雇用の創出など各国の政策によっても、その需要が大きく左右される環境にあります。大豆では、増加分の5割強は中国の輸入によるものです。大豆の用途は搾油用がほとんどですが、食用油の需要もさることながら、飼料としての大豆粕の需要増が大豆需要増加の最大の要因です(注:搾油用の大豆は食用油と家畜飼料となる大豆粕となります)。新興国においては、所得水準の上昇に伴い食肉需要の増加が予想されており、穀物や大豆における飼料用需要の拡大は今後も続くと考えられます。
一方、食料の供給面を見ると、米国の優位が目立ちます。小麦では、欧州(注:EU27ヵ国の合計)が生産・消費とも世界一ですが、輸出では米国が首位となります。米国は、トウモロコシにおいては生産・消費・輸出用ともに他国を大きく引き離しています。また、大豆ではブラジルと二大生産国を形成しており、世界輸出の約3分の1を占めるという大輸出国です。牛肉においても生産量で第1位、輸出ではブラジル・インド・オーストラリアに次いで第4位です。多くの主要な食料の調達において、米国は不動の強さを誇っています。しかし、近年、トウモロコシや大豆では、ブラジルやアルゼンチンなどの南米諸国が、小麦ではロシアやウクライナが輸出のシェアを伸ばしており、新規供給先として注目されています。
食料の流通や小売事業においては、新興国の市場の拡大が大きな商機となっています。たとえば、2010年の中国におけるコーヒー消費量は、2005年の3倍に拡大しています。所得水準の上昇に伴う嗜好変化の中、世界的な大手チェーン店を始め、多くの企業が新興国の市場確保に乗り出しています。また、東南アジアやインドにおいては、物流の未発達から生鮮食料品の多くが破棄処分になっており、冷蔵貯蔵や輸送インフラの整備が求められています。商社は、これらの成長著しい市場における食料物流チェーンへの進出を、事業拡大の大きなチャンスと捉えています。
食料事業に対する世界と日本の企業戦略
世界の人口増加、新興国の所得増加に伴う食の高度化、バイオ燃料需要の拡大などによる食料需要の拡大は、今後もほぼ確実視されています。一方、FAOによると、世界の耕地面積は大豆を含む油糧種子や野菜は増加しているものの、穀物は過去40年間ほぼ横ばいです。穀物の単位当たり収穫量は伸びていますが、将来的な供給増への不安の声も聞かれます。そして、食料価格は上昇を続けています。
このような状況の下、食料の大量消費国や輸入国では、食料安全保障の観点から、様々な取り組みが行われています。その一つが海外農業への大型投資です。人口大国の中国やインド、農業の気象条件の厳しいサウジアラビアやUAE、食料自給率の低い韓国などにおいて、アフリカやアジア地域に対する投資が行われています。日本の商社も、サプライチェーンにおける企業の社会的責任の重要性を念頭においた上で、取り組みを進めています。
食料自給率の向上・維持は、食料安全保障の上で重要な戦略の一つです。食料消費量の拡大が著しい中国では、2008年に発表した国家食料安全中長期計画(「中国国家食糧安全中長期規画綱要(2008-2020)」)の中で、主食類(穀類、豆類、芋類)の自給率(数量ベース)を2020年まで現状と同じ95%に保つとしています。食料安全保障上、海外への過度の依存を許さないという姿勢です。
対して日本は、食料自給率がカロリーベースで約4割と、食料の多くを輸入に頼っています。自給率の向上が課題とされていますが、国土のわりに人口が多い日本にとって、豊かな食生活を前提とした自給率向上には限界があります。ゆえに、日本にとっては、食料安全保障の観点から、食料を安定的に、出来るだけ安価に海外から調達することが求められています。
商社は、様々な食料品の輸入において力を発揮していますが、中でも原料調達部分の取り組みが注目されています。穀物や大豆は、価格が上昇しているとはいえ、量のわりには安価な物資です。それゆえ、物流面の効率化やスケールメリットを最大限に利用し物流コストを下げることは、重要な戦略の一つです。食料生産国における内陸部の集荷網の拡充や輸出基地などへの投資は、食料安全保障の観点からも大きな意味を持っています。
また、原料調達においては、販売量を拡大することが、調達力ひいては価格の安定につながります。販売先の確保がなければ、上流物流網の強化に対して思い切った投資はできません。流通段階での提携や新規投資を通じた販売ルートを確立してこそ、メリットを最大限に生かすことができます。商社の食料事業における取り組みは大きな流れのなかでつながり、日本の食料安全保障から消費者に安定的に安心できる確かな食料・食品をお届けする役割まで、食料供給に対する重要な役割の一端を担っています。
トウモロコシ、小麦、大豆における国際市場状況
出所:米国農務省(USDA)のデータより作成
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