インフラ事業
1. インフラ事業の現状と課題
OECDの予測によれば、2030年までに世界全体で、電力・鉄道・水道などのインフラへの投資額は累計40兆ドルにも上ると見込まれています。また、アジア開発銀行(ADB)の試算によると、2010~2020年の間に、アジア域内の国内インフラに7兆9,900億ドル、地域連携のエネルギーなどのインフラにさらに2,900億ドルのインフラ投資が必要とされています。このうち電力を中心にしたエネルギー関連が4兆900億ドルと半分を占め、道路や鉄道など交通運輸関連が2兆4,700億ドルで続いています。
こうした予測の数字を見ても、インフラ整備というのは巨大な投資が行われる中長期の大規模な事業であることがわかります。一方でこのことは、プロジェクトのリスクが非常に大きいということにも通じます。
では、潜在市場が大きく、その必要性が高まっているとはいえ、なぜ今、インフラ事業に対する注目がこれほどまでに高まり、投資が活発に行われているのかと言えば、その大きな理由は「新たな成長市場への対応あるいは掘り起こし」ということにあります。
新興国や開発途上国について言えば、インフラが整備されていないことが、ビジネスを展開するうえでのネックになっていることが少なくありません。例えば、有望な資源が見つかったとしても、採掘するための機械・設備を動かすための電力や運ぶための輸送手段がなければ「絵に描いた餅」に終わってしまいます。市場の掘り起こしという点では、電気・上下水道・交通・通信などを整備することで都市の人口集積が高まっていけば、小売りやサービス分野などまでを含めた多様なビジネスチャンスが生まれるということも考えられるでしょう。先進国に限った話ではありませんが、インフラを新しい技術や社会のニーズに合ったものにしていくことは、次なるビジネスチャンスにつながっていくはずです。
とはいえ、巨額な投資資金をいかに調達するかという課題は残ります。多くの国が財政削減を求められている中ですべてを公共投資で行うことは難しいですし、数千億円規模になれば民間資金だけで賄うこともほぼ不可能でしょう。
このため、様々な国や地域で、新しい形態のインフラ投資が行われてきています。それがPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ、官民連携)やPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ、民間資金を活用した社会資本整備)という手法です。
PPPは、文字どおり官と民がパートナーとして組んで事業を行うというものです。元来、インフラは公的要素が強く、かつ独占的地位を築き得るもののため民間の参入が制約されてきた側面がありましたが、そこに契約やルールにより一定の枠組みを設け、その範囲内でビジネス機会を提供する代わりに民間の資金や経営ノウハウ、市場メカニズムなどを取り入れ、効率的かつ効果的なサービスの提供を図ろうというわけです。このため、最近では、PPPにより計画段階から民間事業者が参画することが増えてきています。
PPPは日本ではまだ導入段階にありますが、海外ではインフラ整備に広く使われるようになっています。具体的な例としては、水道・空港・港湾などの事業の民間委託が挙げられます。この場合、空港や水道などインフラ自体は官(政府、自治体)が所有し、民間に一定期間、その営業権を付与する「コンセッション」という形態がよく使われています。民間側は受託者自身の投資に加え、年金基金のような長期投資の資金をファンドの形で集めて投資に充てたりします。一方、PFIは国や自治体が事業計画を策定し、資金やノウハウを提供する民間事業者を入札などで決めるのが一般的で、PPPの一手法であると言えます。
こうした新しいインフラ投資の形態の登場が、潜在的なインフラ整備に対する需要を顕在化させているということもできるでしょう。例えば、インドは2012年度からの5カ年計画でインフラ関連に1兆ドルを投資する計画ですが、そのうち半分を民間投資で賄うことを想定しています。
2. 今後の展望と日本の取り組み
グローバルなインフラ市場では、PPPなど民間との役割分担を前提とした手法が一般化しつつあり、そこに参画するプレーヤーの性格や求められる能力も大きく変わってきています。
例えば、計画段階から参画し、最終的にオペレーターとして運営までを行う民間事業者には、それぞれの事業の川上から川下まで関連するすべての業務に精通し、個々の機器・設備といったハードと運営のノウハウなどのソフトをどのように組み合わせて、その国や地域に合った魅力的な提案や計画を生み出せるかという能力が求められるようになっています。
また、そうした実績を上げてきた事業者の中からは、海外の案件を複数手掛けたり、M&Aを行うことで、世界レベルで活躍するグローバルプレーヤーも登場しています。グローバルプレーヤーによる寡占化がすでに相当進んでいる分野もあり、こうした傾向は今後、さらに強まる可能性は十分あると考えられます。
逆に言えば、いかにグローバルプレーヤーとしての地位を築いていくか、あるいは既存のグローバルプレーヤーとパートナーシップを組むことができるかが、インフラ市場で勝ち残るための大きなポイントになるということも言えるでしょう。
また、インフラ整備は国家政策と密接に関係しているだけでなく、プロジェクトに巨額な資金が必要なこと、さらにはカントリーリスクをはじめとしたさまざまなリスクが存在することなどを考えると、民間企業だけで受注からプロジェクトの実施まですべてをカバーすることは極めて難しく、直接・間接の資金支援やリスク分担を含めて様々な面で政府が関与する官民連携の取り組みが求められます。
日本では、政府がインフラシステムの輸出を成長戦略の大きな柱と位置付けて、現状約10兆円の海外での受注を2020年に約30兆円とする目標を掲げています。官民連携の推進など目標実現のための施策を打ち出しており、その一環として日本企業の鉄道や空港などのインフラ輸出を後押しする会社を2014年度に新設する計画です。新会社は海外のインフラ企業などに日本企業と共同で出資し、インフラの設計・製造から運営・整備までを一体で受注する方式を目指します。
3. 急拡大する交通関連インフラ事業
インフラ事業は、その対象が非常に広範で多岐にわたりますが、ここでは道路や鉄道、空港、港湾施設など、交通関連に絞って見ていきます。
OECDが2011年に発表した予測によると、2009年から2030年までの約20年間に世界では、交通インフラ(空港・港湾・鉄道)に総額約8兆ドルの投資が必要になり、この間の伸び率はOECDが予測している経済成長のペースを上回るものです。特に2015年以降の伸びが大きく、年平均投資額を見ると、2015年までと比べてほぼ2倍に達します。
交通インフラ分野における2009~2030年の必要投資額(単位:10億ドル)
年平均投資額 | 総投資額 | ||||
---|---|---|---|---|---|
部門 | 2009-2015 | 2015-2030 | 2009-2015 | 2015-2030 | 2009-2030 |
空港 | 70 | 120 | 400 | 1,800 | 2,200 |
港湾 | 33 | 40 | 200 | 630 | 830 |
鉄道 - 新規建設 (保守を含む) |
130 | 270 | 920 | 4,060 | 5,000 |
合計 | 233 | 430 | 1,520 | 6,490 | 8,030 |
注)四捨五入をしているため合計が一致しないものもある
出典:OECD「Strategic Transport Infrastructure Needs to 2030」
それでは、分野ごとに現在の状況を見ていきましょう。
空港
今後の世界の航空旅客輸送は、大幅な増加が予測されており、特に、2025年にはアジア太平洋地域が世界最大の航空市場へ成長すると予測されています。こうした航空旅客・貨物の増加に対応するため、アジアなどの成長市場では、数多くの新空港の建設、既存空港の拡張プロジェクトが計画されています。管制についても、ICAO(国際民間航空機関)が2020年代初頭までに、シームレスな航空交通を実現するためのシステムの変革に1,200億ドル(約12兆円)が世界的に費やされると試算しています。このように、航空分野のインフラ事業は空港整備・運営、航空管制を中心に裾野が広がっています。
世界を見渡すと、主要な空港は民間資本によって経営されている国が多いことがわかります。他のインフラに比べて民間資本による空港の運営が進んでいる背景には、①商業・不動産・海外事業など、航空収入以外から得られる収入の割合が大きい、②国や地域の「玄関口」として需要を独占に近い状態で取り扱え、空港を経由する旅客・貨物の需要を取り込める――といった空港特有の事業特性が挙げられます。
このような背景の下、近年では、これまで多かった施設や設備単体のプロジェクトだけではなく、空港民営化あるいは空港経営の企業化・商業化、さらには民間委託といったことを踏まえて、マスタープラン、設計、調達、建設、システム整備、ファイナンス、管理・運営を含めた事業権全体をまとめて発注するスタイルが増えてきています。
こうした変化に対応して、建設事業者が運営に進出したり、逆に空港運営会社が空港計画に進出する形で、グローバルプレーヤーとして空港インフラの市場に携わる企業が出てきています。最近では、空港運営の収益性が他のインフラと比べて相対的に高いことに着目したインフラ・ファンドも市場に参入してきています。
空港運営会社では、フラポート(ドイツ)、ADP(パリ空港公団、フランス)など欧州の企業に加えて、チャンギ空港インターナショナル(シンガポール)、香港空港公社、仁川国際空港公社(韓国)などアジアの国際ハブ(中継)空港を運営する会社も積極的に海外展開を図っています。建設会社では、フェロビアル(スペイン)、ホッホティーフ(ドイツ:2013年に空港部門を売却)、ヴァンシ(フランス)などが実績を上げています。インフラ・ファンドではマッコーリー(オーストラリア)、グローバル・インフラストラクチャー・パートナーズ(GIP)などが空港事業に参入しています。
海外の空港運営に多くの企業が参入しているのは、前に述べた商業性の高さなどに加え、ICAO(国際民間航空機関)などの国際機関が運営の基準を統一しており、空港事業のノウハウを他国に展開しやすいこともあります。
また、こうした空港運営会社は、新設空港だけでなく、既存の空港の運営に参加することもしています。この場合には、民営化する空港へ資本参加するほか、公的機関が運営していた空港の運営権をコンセッションで獲得することも少なくありません。
港湾
経済のグローバル化に伴い、企業の調達・生産・販売活動はボーダーレスな展開となり、国際的な物流の重要性が、これまで以上に高まっています。航空貨物の需要が急速に増加しているとはいっても、やはりモノの移動の中心は海運です。
1960年代後半から始まった貨物のコンテナ化は、貨物の積み替えコストや作業時間の大幅な削減をもたらし、その後、コンテナ輸送は急速に普及しました。
現在では、石油や液化天然ガス(LNG)石炭といったエネルギー資源、鉄鉱石などの鉱物資源、穀物など以外の大半のものがコンテナ船によって運ばれています。
こうしたコンテナ輸送の増加により、港にはコンテナターミナルが不可欠なものとなりました。一方で、コンテナを運ぶコンテナ船の大型化も進みました。それに対応するために大深水バースなど大型船が寄港できるための整備を行った港は「拠点港」となり、その中には大型船が寄港できない地方港のためのハブ(中継)港としての役割を担い取扱量を増やしてきたところもあります。
コンテナ輸送の増加は、世界の上位20港のコンテナ取扱量の推移にはっきりと表れています。1980年から10年ごとに倍以上に増え、特に2000年からの10年間の伸びには著しいものがあります。しかもその増加分のほとんどがアジアの港であり、「世界の生産工場」として急成長したことと、それに合わせて港湾整備が進んだことを浮き彫りにしています。
コンテナ輸送の規模が拡大するとともに、コンテナターミナルでの荷役作業収入や船舶の施設使用料などが収益源として注目されるようになり、港湾運営会社の中には他のターミナルの経営権・運営権を手に入れネットワーク化などを進めることで急成長を遂げるものが出てきました。これがメガ・ターミナル・オペレーターあるいはグローバル・ターミナル・オペレーターと言われるものです。
メガ・ターミナル・オペレーターの中でも、ハチソン・ポート・ホールディングス(HPH、香港)、APMターミナルズ(デンマーク)、PSAインターナショナル(シンガポール)、DP World(UAE)のいわゆるビッグ4の貨物取扱量は抜きんでており、イギリスの調査会社Drewry Maritime Researchのデータによると、この4社で2012年の世界の取扱貨物量の約4分の1をしめています。ちなみに、メガ・ターミナル・オペレーターは、自国での運営ノウハウを海外展開した専業オペレーターと港湾運営に乗り出した海運会社系の二つのタイプに大きく分けられ、ビッグ4では、HPH、PSAインターナショナル、DP Worldが専業オペレーター、APMターミナルズが海運会社系です。
鉄道
鉄道は、CO2排出量が少なくクリーンで、安全性の面などでも優れた効率的な大量輸送機関として、世界で関心が高まっています。とりわけ、新興国では国家プロジェクトとして鉄道整備を進めている国が少なくありません。
ちなみに、国際鉄道連合(UIC)によると、時速250キロ以上で運行される世界の高速鉄道の路線距離は、2025年には約5万2000キロに達する見込みで、これは現在のほぼ2.5倍になります。とりわけ目につくのは、アジアだけが計画中よりも建設中の路線の方が長いことで、世界で建設中の8割を占めています。
世界の高速鉄道の整備状況(単位:km)
地域 | 運行中 | 建設中 | 計画中 | 合計 |
---|---|---|---|---|
ヨーロッパ | 7,378 | 2,565 | 8,321 | 18,264 |
アジア(中東・トルコを含む) | 13,732 | 11,199 | 6,258 | 31,190 |
その他の地域 | 362 | 200 | 1,768 | 2,330 |
合計 | 21,472 | 13,964 | 16,347 | 51,784 |
(注)この表は、2025年までに時速250km以上で運行される路線を対象としている。
出典:国際鉄道連合(UIC), High Speed Lines In The World ,2013.11.1
(http://www.uic.org/IMG/pdf/20131101_high_speed_lines_in_the_world.pdf) を基に作成
都市鉄道の建設計画についての統計はありませんが、高速鉄道の建設計画よりもはるかに多いことは間違いなく、新興国を中心に世界で200件あるいはそれ以上のプロジェクトが進んでいるとも言われています。
世界の鉄道市場は、欧州鉄道産業連盟(UNIFE)の推計によると、2015~16年までは年率2.0~2.5%の成長を続ける見込みです。また、UNIFEのレポートを基にした経済産業省の資料では、2007年に15.9兆円だった市場規模が、2020年には22兆円(うち、高速鉄道1.6兆円、都市鉄道等20.4兆円)に達するとしています。分野別では、保守等が9.3兆円、次いで車両等が6.6兆円、軌道等が4.3兆円、信号・制御が1.9兆円となっています。この分野別の数字からは、鉄道が保守、車両、軌道、信号・制御の総合システムであることがはっきりと見て取れます。
出所:UNIFE「Worldwide Rail Market Study – status quo and outlook 2016」より経済産業省が作成。
鉄道分野では、グローバルな規模で展開するオペレーターはありませんが、車両製造で「ビッグスリー」と言われるボンバルディア(カナダ)、アルストム(フランス)、シーメンス(ドイツ)の3社が市場で大きなポジションを築いています。この3社で世界のシェアの50%以上を占めており、日本メーカーのシェアは合計で1割程度にとどまっています。近年では他の産業と同様に、低コストを売り物にした中国、韓国の企業がシェアを伸ばしています。
鉄道が未整備の新興国・発展途上国は、日本のJRや私鉄、地下鉄のような運行会社そのものが存在しません。こうした国での鉄道計画は、計画策定に優れたコンサルタント企業が主導するのが一般的です。ビッグスリーなどの欧州企業は傘下にこうしたコンサルタント企業を抱え、事前調査など鉄道計画の上流段階から関与して新興国市場を攻略してきたのです。そこでは、信号などの規格決定で案件の主導権を握ったりしています。
4. 商社の交通関連インフラ事業への取り組みの加速
商社はこれまでも世界各地で鉄道、空港、港湾など様々な交通インフラ事業を手掛けてきました。また、資源・エネルギー開発など様々な分野で現地政府や経済界とのコネクションを含む海外ネットワーク機能や企業間のコーディネーション機能を担ってきた蓄積がありますし、水ビジネスなどを通じてコンセッションなどインフラ運営の事業ノウハウも培っています。
製品を納入したり施設を建設するだけでなく、計画段階から関与したり長期的な事業運営まで行うことなどが求められるようになっている交通インフラ事業では、そうした蓄積やノウハウを活かすことで、商社が果たす役割は大きいと考えられます。
実際、商社では、既存の事業を集約して事業部門を新設したり、既存部門の中に専門部隊を設けたりして、インフラ事業への取り組みを強化する動きが出てきています。また、直接的に事業に参画するだけでなく、インフラ・ファンドを通じた投資も積極的に行っています。
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