水ビジネス
1. 水資源の現状と課題
水が貴重な資源であることは言うまでもないでしょう。あらゆる生物が生きていくうえで必要とし、産業活動にも欠かすことのできない水は、他のものでは代替できない大切な資源です。
この水資源は、地球上に豊富にあるように見えるかもしれません。確かに「水の惑星」とも呼ばれる地球には、14億立方キロメートルという膨大な量の水が存在します。しかし、そのうちの9割以上は海水で、河川や湖沼など、人間が利用できる淡水は全体のわずか0.01%です。この0.01%だけでも、計算上は全人類の水のニーズを満たせると推定されていますが、水は地域により偏在しているため、多くの人の水ニーズが満たされていないというのが現状です。もともと国・地域によって降雨量や河川の流水量などに違いがあるということが偏在している理由の一つです。地理的な偏在は、一般的には輸送することで解決できるものですが、水は輸送するコストに見合う付加価値を見込むのが難しい資源であり、国際間の利害や安全保障の問題などもあり、輸送で解決することがとても困難です。また、水の偏在にはもうひとつ人的な理由があります。水資源があっても、国・地域によってはそれを適切に使うための水路や浄水設備などが十分に整備できていないことです。他にも、家畜の過放牧を主たる原因として土地の砂漠化が進んでいるオーストラリアのようなケースもあります。地球温暖化は砂漠化を招く要因となりうると言われています。温暖化による異常気象の変化に植生の変化が追いつかなくなるということや、降水パターンが変化するといったことが原因で森林が弱り、その結果として砂漠化が進む場合もあるようです。こうした状況の中で、現在、世界全体で約9億人が飲み水すら確保できていません。一見すると水が豊富にあると見える地球ですが、水資源不足が深刻化しています。
さらに、水資源の需要は近年増え続け、需給バランスが悪化しています。現在、世界で取水された水は農業用水7、工業用水2、生活用水1の割合で使われていると言われます。近年は新興国を中心とする急速な経済発展と都市化、人々の生活スタイルの変化などに伴い、特に工業用水と生活用水の利用量が急増しています。また、現在67億人を突破した世界人口は、2050年には91億人に達すると見込まれ、今後、生活用水を中心に需要はさらに大きく伸びることが予想されています。世界全体の取水量は、2025年には2000年と比べて約3割増加すると見込まれていますが、将来、この需要を満たすことができるのか懸念されています。国連開発計画(UNDP)によると、2050年には水不足に直面する人口が10億人に達すると予想しています。
また、水質汚染が深刻化し、利用できる清浄な水の量が減少しています。特に発展途上国では下水処理インフラの整備が遅れているため、未処理の下水による水質汚染が進んでいます。また、農業の近代化に伴って水系に流出する肥料由来の栄養塩(硝酸性窒素)の増加や、工業発展に伴う工業排水の増加も水質汚染の大きな原因となっています。水の需要が増え続ける一方で、水質汚染も進み利用できる水が減少している世界の現状は非常に深刻であり、上下水道等のインフラ整備が急務な課題となっています。
2. 急拡大する水ビジネス
このように世界的な水問題の深刻さが増す中で、課題を抱える各国は水インフラ整備を進めており、経済産業省の報告によると、世界の水ビジネスの市場規模は2007年の約36兆円から、2025年には約87兆円と2.4倍にまで伸びるとしています。近年、このような水インフラの世界的市場の急成長をビジネスチャンスとしてとらえ、各国の水関連企業と他の領域からの新規参入者も加わり水ビジネスを巡る熾烈な競争が展開されています。
急成長する水ビジネス市場を詳しく見てみると、いくつかの特徴があることが分かります。水ビジネスの事業領域は、一般的に、上下水道設備、海水の淡水化プラント、工業用水・工業下水設備、再利用水(下水の再生や有効利用)などですが、この中でボリュームゾーンとなるのは上下水道分野です。上下水道分野は、2007年には市場全体の約90%にあたる32兆円の市場規模であったのに対し、2025年には市場全体の約85%にあたる74兆円の市場規模となることが見込まれています。また、規模こそ小さいですが、海水淡水化、工業用水・工業下水、再利用水の分野は、2025年には2007年の約3倍の市場になるだろうと予想され、成長分野として注目されています。
また、他の多くの事業と同様に、水事業においても設備の設計、建設、素材供給、管理、運営などをはじめとした様々な業務が行われますが、この業務分野別に市場を見てみると、2007年から2025年にかけて、運営・管理サービス業務と素材供給・建設業務分野で、およそ同程度の市場規模が見込まれています。
地域別に見てみると、今後、南アジア、中東・北アフリカで年間10%以上の成長が、国別では中国、サウジアラビア、インドの高い成長が見込まれています。また、市場規模の観点からは、東アジア・大洋州が、北米・西欧の市場を今後20年の間に抜き去り、世界最大になるだろうと予測されています。
急成長する水ビジネス市場では、当然のことながら競争が激化しています。「水メジャー」と呼ばれる大手企業が勢力を広げる一方、他の領域からの新たな企業参入も相次ぎ、さらには国家まで巻き込んで拡大する水ビジネス市場の動向に、今、世界が注目しています。
現在、世界の水ビジネス市場で存在感を示す「水メジャー」は、仏のスエズグループやヴォエリア・ウォーター(ヴォエリア・エンバイロメント)などが挙げられます。これら水メジャーの強みは、施設の設計・建設、施設の運営管理から経営に至るまで、水に関わるあらゆる業務を一貫して手掛けることができる点にあります。また、ヨーロッパでの水道民営化の歴史の中で蓄積してきたノウハウも、水メジャーの大きな強みとなっています。水メジャーは、仏2大企業だけを見ても、それぞれの水道事業部門の売り上げ規模は1兆円を大きく超えると言われています。ただし世界市場におけるシェアは2001年ごろの7~8割から、現在は3割程度まで減少していると見られており、水メジャー以外にも、アメリカのGEや、ドイツのシーメンス、さらにはシンガポールのハイフラックス、韓国のK-ウォーター(韓国水資源公社)や斗山社等の新興企業が急速に勢力を広げています。水市場参入をめぐる企業間競争は激しさを増しており、この中で日本勢が勝ち残るのは容易ではありません。
このような競争の激しい世界の水市場で、日本企業は、日本独自の戦略でビジネスの拡大を狙っています。日本企業は、海水淡水化や排水・下水再利用などの技術面では優れた競争力を持っているものの、プロジェクト全体の運営・管理までを含めたトータルなサービス提供が要求されるグローバル市場においてはまだまだメジャー企業に遅れをとっています。これまでの海外プロジェクトにおいては、水メジャーなどがプライム・コントラクターとなって事業権を獲得し、日本企業は出資者としての参加や、サブ・コントラクターとして世界的な技術力を誇る水処理膜やポンプなどの機器・部材を納入したり、EPC(設計、調達、建設までの一連の業務)を請け負うといった形での参加が主でした。しかし最近では、水メジャーに対抗できる「和製水メジャー」を目指して、日本企業が水道施設の建設から施設の運営・管理までを担う総合的な水ビジネスへ進出するケースが相次いでいます。
日本企業が「和製水メジャー」として飛躍するためのカギは、水道の運営管理ノウハウを持つ自治体であると見られています。水道の民営化が進んでいない日本では、民間企業には水道事業の運営管理の実績はほとんどありません。その一方、日本の自治体が運営管理する水道の品質は世界のトップレベルにあります。個々の企業が持つ技術や資本力と、自治体の優れた運営ノウハウを組み合わせれば、水ビジネスの競争力は格段に高まり、現在の水メジャーに匹敵する大規模なビジネス展開ができるだろうと期待されています。また、自治体が水ビジネスに参加することは、自治体の財政難を救う手段にもなるため、多くの自治体が水ビジネスに関心を寄せています。すでに川崎市、横浜市、東京都など一部の自治体では、企業と連携して海外の水道整備事業に取り組む動きが出ています。
また、政府主導による産学官民の連携も積極的に推進されています。2010年6月には、経済産業、国土交通、厚生労働の3省が中心となり「海外水インフラPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)協議会」が設置されました。こうした政府主導による取り組みや自治体との連携をバネにして、商社、水処理機器メーカー、エンジニアリング企業などが海外水ビジネス市場への進出とさらなる発展を目指しています。
3. 商社の海外水インフラ投資の加速
海外での水事業プロジェクトには、水処理器メーカーが「部材・部品・機器製造」を、エンジニアリング企業が「装置設計・組み立て・建設」を、商社などが「事業運営・保守・管理」と分野ごとに業務を担当するという形で参画しています。事業運営・保守・管理という、いわば最後の業務を担当するのが商社ですが、この商社が実際には、プロジェクトの先導役となっている場合がほとんどです。水事業を含めた様々な事業を世界で展開してきた商社は、世界各地の地域特性を熟知しており、国際的な資金調達のノウハウがあり、提携可能な多くの企業とのコネクションを持っていることから、プロジェクト全体を取りまとめるリーダーとしてふさわしい存在であると言えます。商社はこうした強みを生かし、投資という形を通して、当該国営企業や地元水道会社との提携、あるいは水メジャーとの提携など様々な事業形態にて、地域の特性に対応した水事業を推進しています。例えば、チリでは、商社が地元の大手水道会社を買収、またシンガポールの大手水事業会社と合弁企業を設立して、中国ほか第三国での水ビジネスに取り組んでいます。
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