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南野 忠之
兼松南米会社
社長 |
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スペイン料理店にて(いけすの中はロブスター) |
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1.ブラジルは遠い国?
日本人でサンパウロの位置を正確に示せる人はどの程度いるでしょうか?
大半はブラジルの地図を見て、アマゾン地域か若干それより南を指すのではないでしょうか?リオデジャネイロ、サンパウロおよびクリチバ、ポルトアレグレなど主要な都市はそれよりももっと南に位置しており、北米のニューヨーク、シカゴからでも夜行便で10時間半以上かかる距離なのです。私が初めて米国に駐在した時は、よくもこのような国に戦争をしかけたものだと思いましたが、初めてブラジルに飛んだ時は、よくもこのような遠い国に日本人が移住したな、というのが実感でした。片道30時間(飛行時間正味24時間)をエコノミークラスで飛んだ時は、足が腫(れるのではなく痛くなり、エコノミー症候群は本当の話だと思ったものです。
BRICsという流行語ができても日本人はブラジルと言えば、まだまだサッカー、サンバ・カーニバル、コーヒーの国であり、日本への出稼ぎ労働者が35万人以上いて、鉄鉱石やコーヒー以外に大豆、鶏肉、オレンジジュースや茶葉でさえ日本が輸入していることを知らないのではないでしょうか。
私はサンパウロには2度目の駐在ですが、以前も今も一番感じることは、ブラジル日系人や邦人駐在員の日本に対する思いと、日本人のブラジルへの思い、知識に温度差があるということです。これはブラジルとの距離という問題だけではなく、ブラジル以上にアジアへの進出が重要視されている世界的な動きが最大の壁になっていると思われます。
食糧や資源の確保が国家戦略になっている昨今、当地の日系人の方々がまだ頑張っている間に日本・ブラジルの政府間レベルでの交流強化、ブラジルへの民間レベルでのより多くの資本投下、人的つながりの強化をしないと手遅れになります。日本からの進出企業もここ数年、回復基調といわれますが、当地に駐在している日本人としては、ブラジルにもっと注力しなければ、中国や米国、欧州に完全に遅れを取ってしまうという危機感が募ります。
2008年、日本人移民を乗せた笠戸丸が1908年6月18日にサントス港へ入港して100周年を迎えます。その記念式典のために6月に皇太子殿下が来伯されると聞いています。日系人は150万人ともいわれますが、3世、4世以降は日本語から離れており、まさにブラジル人そのものです。先の参院選の在外選挙人数もサンパウロが約2,000人で世界一なのですが、今の年配の方々が引退されれば、日本との精神的つながりは失われてしまうかもしれません。移民100周年は日本にとっても非常に重要な年になると思います。
サンパウロのみならず、さまざまな地域で100周年記念式典が開催される予定で、各州や市も、それなりの助成金を捻出(して日系人をバックアップしています。日本政府は笠戸丸での移民のみならず、戦後のアマゾン移民の方々にも敬意を表し、そのご苦労をねぎらうべきでしょう。各地の100周年記念式典や記念祭で、多くの日系人とブラジルの方々が交流をより深められると思います。皇太子殿下のみならず、天皇皇后両陛下や以前アマゾンにも行かれた秋篠宮殿下にも来伯いただき、一気にブラジルと日本の関係を強固なものにするという考えには無理があるでしょうか?皇太子殿下が日系の方と一緒にテニスをされたりしたら、各日系コロニアの数多い年配のテニス愛好家たちがどれほど喜ぶことか目に浮かびます。
2.治安の悪化
最初に駐在した9年前と比べて治安は悪くなっているようで、毎日100人が銃の犠牲になっていると聞きます。国が豊かになっても低所得者層が豊かになっているわけではなく、貧富の格差はますます広がっています。犯罪は貧困から生まれるという言葉を地で行っているわけです。駐在員は大体が市内の一等地に住んでいますが、交差点でのピストル強盗や武装団による高級アパートの襲撃というリスクに晒(されています。日系人の方に聞くと、狙われる確率が高いので、ここ10年でドイツや日本の高級車を乗り回すのはあきらめ、ブラジル国産の安い車か日本車でもシビックかカローラ(これらも日本円にして400万円近くして高級車の部類ですが)に変えたといいます。地方に行けばさらに日本車はまれとなります。
麻薬絡みの犯罪や若年層の強盗が多く、サンパウロでは刑務所が満杯であることから未成年はすぐに釈放され、犯罪者が野に放たれている状態です。もちろん、身を守る術や治安状況を十分に心得ていれば、普段生活するうえで必要以上に不安がることはありませんし、金銭目的なので最悪でも小金で済み、訳もなく殺されるということはありません。
3.食生活とゴルフ事情
昨今、日本でもブラジル料理はポピュラーになっています。岩塩で焼く豪快な肉料理シュラスコ、日本人の口に合う豆料理のフェジョアーダ、それに豊富な果物や野菜、魚、カキ、ロブスターと、ブラジルの食生活は日本以上に豊かです。移民数でいえば多数派を占めるイタリア、ドイツの料理をはじめ日本食、中華料理、韓国焼肉、タイ、アラビック、フレンチ、スパニッシュ等、全世界の料理が楽しめます。
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PLゴルフクラブハウス |
ゴルフは数ヵ所でできますが、駐在員の多くはPLゴルフクラブの会員となっています。このクラブは日系人、駐在員の社交場であり、40年ほどの歴史を持つ27ホールの本格的なコースです。市内から車で40〜50分の距離で、風呂、サウナ、日本食レストラン、プール、ベビーシッターを備えており、ロッカールームもきれいで下手な日本のクラブより上です。毎週土日は何がしかのコンペが午前、午後ともに開催され、駐在員はいやでもゴルフを始めなくてはなりません。400人くらいの会員数のうち3分の2が駐在員およびその家族で構成されており、昨今、女性の数も増えてきました。コースは緑に囲まれ、ラフは厳しくグリーンも整備されていますが、かなりアップダウンが激しく、歩くのは結構骨が折れますし、一般的に日本からの出張者は日本より5〜10スコアが悪くなります。
他のゴルフ場では、本道からクラブへ向かう途中で強盗に会うということもありましたが、PLの場合は警備車が巡回し、コース内外に警備員を配置しており、最も安全なクラブであると感じます。
4.駐在員住宅事情と気候
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サンパウロのビジネス街 パウリスタ通り |
日本企業の多くがメインストリートであるパウリスタ通りに事務所を構えている関係で、駐在員の多くがパウリスタ通りの近くの高層アパートに住居を構えています。職住隣接であり、事務所やスーパーマーケットに歩いて通える距離でもあります。ここ数年は高級アパートの建設(建て替え)ラッシュであり、富裕層の投資も絡んで、アパート販売・賃貸価格は上昇しています。地震がなく市内の土地は限られているため、高層建築は上に伸びるしかありません。
サンパウロ市は海抜約700mに位置し、渋滞する車の排気ガスのせいで空気は悪いのですが、気候的には湿度が低く、夏でも寝苦しい夜は少なく、冬場は毛布が必要なほど冷え込みます。パウリスタ界隈(の高層アパートでも冷暖房完備しているところはごくまれで、私は電気毛布を日本から持ってきて、ストーブを購入しました。ブラジルは暑いというイメージとは異なり、サンパウロ以南では、年平均気温も15〜20度で、日本と比べるとかなり過ごしやすいといえます。
5.道路事情
ここ数年、最も変貌(したのは道路事情でしょう。自動車生産台数が300万台レベルに達しました。インフレ年率3%台という物価の安定化にともない、長期自動車ローンが浸透し、女性、若年層、低所得者層の自動車購入によって240万台以上が国内で消費されています。これが原因でサンパウロ市内の渋滞は年々ひどくなり、このままでは数年以内に完全にマヒ状態に陥るでしょう。道路整備は遅れています。また、3路線ある地下鉄を1日300万人近くが利用し、4号線を建設中ですが思うようには広がらず、道路渋滞の解消には効果はないようです。1週間に1日、ナンバープレートの下一ケタで自家用車の市内への乗り入れが時間制限されていますが、これも焼け石に水という感じです。宅配便のオートバイなども傍若無人に運転しており、サンパウロ市内の道路事情は世界でも最悪のレベルといえるのではないでしょうか。
6.バイオエタノール
サトウキビから砂糖とアルコールが作られ、ごくわずかな量がピンガ(酒)として生まれ変わります。原油の高騰からエタノールやバイオディーゼルが世界中で脚光を浴びていますが、数年前からブラジルの乗用車はフレックスエンジン(ガソリン・アルコール兼用エンジン)が主流となっており、新車では今や85%がフレックスエンジンとなっています。このエンジンはガソリンだろうが100%アルコールだろうが何でもござれの優れものであり、数年以内に新車はすべてフレックスエンジンになるのではないかと思います。アルコールはガソリンと比べ燃費は7割といわれており、アルコール価格がガソリンに比べて6割以下で推移している今は、アルコールがより経済的な自動車燃料となっています。
ブラジルはすでに原油の輸出国で、まだ海底には巨大油田が眠っています。フレックスエンジンによりガソリンの輸入も近い将来不要になるかもしれません。
エタノール価格はブラジルが世界一安く、米国のとうもろこしから製造されるエタノールの半分以下で、1ヘクタール当たりのエタノール生産量もブラジルは米国の倍といわれています。今、ブラジルではサトウキビの作付け面積の増加および精製所建設が急ピッチで進んでおり、たとえ国内でエタノールが余剰になって国際価格が一時的に下落しても、長い目で見れば輸出ではけます。もはやサトウキビもとうもろこしもエタノールというコモディティ商品となり、ブラジルは世界に対し、エタノールの安定供給の役割を担わねばなりません。米国ではとうもろこし価格高騰で飼料用、食料用に影響が出るでしょう。その影響を最も受けるのは世界の貧困地域および日本でしょう。バイオエタノールは、とうもろこしだけでなく米国からの輸入に頼っている大豆にも影響し、非遺伝子組み換えにこだわっている日本には、米国から輸入できる大豆がなくなるかもしれません。
そもそも原油の投機的高騰が諸悪の根源なのですが、少なくとも自動車に関して言えば、日本は一刻も早く、バイオエタノールより燃料電池車などの量産化を実現させねばなりません。ブラジルでは燃料電池や電気自動車はまだまだ先の話ですが、フレックスエンジンではインフラも含め、世界最先端の市場であり、脱ガソリンは時間の問題です。後はディーゼルエンジン、二輪車排ガス規制を強化すれば、かなりサンパウロ市内の空気も良くなるでしょう。
7.リベルダーデ東洋人街
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数多くの日本食料店や土産物店、
日用品店が並ぶ東洋人街 |
私も単身赴任で50歳になりましたが、単身赴任者の社交場といえば先に紹介したPLゴルフクラブとリベルダーデという日本人街にある日本レストランや居酒屋となります。市内にも日本レストランはありますが、日本にいる雰囲気で日本食を食べ、日本の焼酎や酒を飲むために日夜リベルダーデに繰り出しているというのが実情です。もちろん土日となれば家族連れも多く見られます。しかしながらここ10年で、中国・台湾・韓国系に押されて徐々に日本人の経営する店が少なくなっているといわれています。日本食料品のマーケットも数件ありますが、日本人経営者は少なくなっているようです。また、ここには日本文化センターなどもあり、各種の日系団体が活動しています。日系の知人によるとカラオケ大会も頻繁に開催されているとのことです。
8.最後に
エネルギー・淡水資源、食糧、労働力(人口1億8,400万人)、アマゾン地帯の森林と、国家として成長するのに必要な要素のすべてを持っているのがブラジルです。眠れる巨人と言われて久しくなりますが、長く住んでいる日系の方によれば、ブラジルは何も良くなっておらず、治安、道路事情を考慮すれば10、20年前より悪化しているし、生活はきつくなっているといいます。
しかし何といってもブラジルは自由主義国家であり、国民はおおらかで親しみやすく、親切です。大きな暴動やクーデターも、宗教上のテロもない国です。どう転んでもブラジルは持てる国ですし、将来はもっと住みやすい国になると信じています。日本からは地球の裏側で、はるかかなたの国ではありますが、移民の方々とその子孫の努力のおかげで“JAPONES GARANTIDO”(信頼のおける日本人)といわれ、世界でも日本人が信用され、評価されている数少ない国だと思います。
もっともっとブラジルに関心を持ってほしいですし、百聞は一見にしかずで、当地に来て、自分の目で見て、感じてほしいと思います。
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