2014年5月30日に開催された会長交代会見要旨

交代記者会見

2014年5月30日

槍田松瑩名誉会長(前会長):

先ほど終了した定時総会において、日本貿易会会長の職責を小林新会長に無事引き継ぐことができた。私は今後、名誉会長として日本貿易会の活動をバックアップしていきたい。

私が会長を務めたのは、2010年5月からの2期4年間である。この間を振り返ると本当にさまざまなことが起こって、まさに激動の4年間だったと実感している。在任期間中の日本の首相は4人を数え、2011年には東日本大震災が発生して、それに続く福島での原発事故もあった。産業面では、過度の円高等々いわゆる「六重苦」と言われる問題を抱えて、いったい日本はこれからどうなるんだろうといった不安がささやかれていたのが、ついこの間のような思いがする。

しかし昨年からの動きを見ると、日本経済にも明るさが増してきていると感じている。まだまだ中長期的な課題を多く抱えている日本経済ではあるが、国を開いて世界とともに経済活動を展開することで、日本および世界の人々のよりよい暮らしにしっかりと貢献をして、「尊敬される国」として日本がますます発展していくことを望んでいる。

当会の活動については、提言活動、政府との意見交換、海外要人との懇談、調査・研究活動、シンポジウム、あるいはセミナーの開催等々、多岐にわたる活動を展開することができたと思っている。中でも印象に残っていることは、提言活動においては、インフラシステム輸出の国際競争力強化に向けて、公的金融機能のいっそうの強化を政府に要望し、その一部が実現したことである。また大学生の就職活動については、学生の皆さんが学問に励んでさまざまな活動をして人生経験を積んでもらうために、企業の採用活動を後ろ倒しにしてはどうかと提言したが、それが実現したことが強く心に残っている。

最後になるが、日本貿易会が設立したNPO法人、国際社会貢献センター(ABIC)の活動についても一言申し上げたい。この法人はこの4月に14周年を迎えて、活動会員数も商社のOBを中心に約2,500名に達している。その活動は、日本企業の海外進出支援などの産業分野、あるいは国際理解講座への講師の派遣などの教育分野、また国際イベントの協力等々大変幅広く、あらためて日本企業OBの底力を実感している。今後もさらに活発な活動を展開して、社会に貢献していくことを祈念している。

以上のように多くの活動を無事に執り行うことができたのも、ここにおられるメディアの皆様方をはじめ当会関係各位の絶大なるご支援、ご協力があってのものである。この場をお借りして厚く御礼を申し上げる。バトンを渡す小林新会長は、ご承知の通り国際ビジネスにおいて大変豊かな経験をお持ちである。新会長の下で日本貿易会の活動がいっそう活発化して、貿易業界ひいては日本経済のさらなる発展につながっていくことを祈念して私のあいさつとさせていただく。

小林栄三新会長:

このたび槍田前会長の後を受けて、日本貿易会の会長に就任した。本日開催された日本貿易会定時総会で槍田前会長はじめ理事、会員の皆様にご推挙いただき、会長職をお引き受けすることとなった。身に余る光栄であるが、会長としての責任の重さに身の引き締まる思いである。

2010年からの4年間、槍田会長は「新貿易立国、世界とともに」というキャッチフレーズを掲げ、傑出したリーダーシップの下、大変幅広い分野で充実した活動を展開された。私もこの流れをしっかりと引き継いで、貿易会がさらに発展していくように微力ながら全力を尽くしていく所存である。

日本貿易会の歴代の会長は、活動方針を分かりやすいキャッチフレーズにまとめているので、私もいろいろ考えた結果、「つなぐ世界、むすぶ心 ~新たな英知で世界に貢献~」というキャッチフレーズを定めた。その背景と思いについて少しお話をさせていただきたい。

日本についてあらためて考えてみると、まず頭に浮かぶのは天然資源に恵まれていないこと、さらに国土も狭く、そこに1億人以上の人間が高い生活水準を保って暮らしていることである。ある意味で奇跡的と言ってもいいと思うが、こういう経済活動を続けている、世界でも非常にまれな国だと思う。

なぜこのようなことができるのかというと、日本にはないモノやサービス、技術、ノウハウなどを海外の国々と協力し合うことで手に入れているからである。従って世界から孤立してしまえば、日本は今の豊かさを維持していくことはできない。日本にとって国を開き世界とつながり、海外の国々と広く豊かな経済関係を保ちながら共に生きていくことが何よりも重要である。

「つなぐ世界」という言葉には、貿易業界として日本と世界をつなぐ活動にいっそう力を入れていきたいという思いを込めた。ここで忘れてはならないのは、経済活動はあくまで人間が行っているということである。特に最近は単なるモノの輸出入にとどまらず、海外に生産工場や販売会社を保有して現地の人々とともに汗を流し、現地の人々の生活に役立つ活動をしている日本企業が増えてきた。そこには人と人との出会いがあり、心と心の結びつきがある。「むすぶ心」という言葉には、貿易業界としてこうした心の結びつきをいっそう深めていくことに貢献していきたいという思いを込めている。

サブタイトルは、「新たな英知で世界に貢献」と付けた。貿易会社や商社の原点は、江戸時代の末期に坂本龍馬がつくった亀山社中にまでさかのぼると言われている。それから150年経た現在でも商社という業態が存在し、さまざまな事業活動を積極的に展開できている。それはなぜなのかと考えると、商社がその時代、時代で、貿易業界に求められていることに真摯に対応し、付加価値を創出し続けたからだと考えている。その原動力は、世界中で活躍してきた商社パーソン一人ひとりの英知、知恵であり、これを活用することによって貿易業界は事業内容を柔軟に変化させ、形を変えながら時代をリードしてきたと自負している。こうした歴史を踏まえて、サブタイトルにはこれからも新しい知恵を出して世界に貢献していこうという思いを込めた。

私はこれから会長として日本貿易会の活動を推進していくが、日本が世界とよりいっそう深くつながり、心の通った良好な関係をしっかりと維持していけるよう幅広く活動していきたいと思っている。貿易や投資活動を活発化させるためのルールや制度にかかわる政策を提言し、またグローバル人材育成のための活動もしっかりと実行していくなど、貿易会社や商社ならではの活動を業界団体として積極的に展開していく所存である。

本日お越しいただいているメディアの皆様にもぜひご理解、ご支援を賜り、日本貿易会の活動をさらに充実させていきたいと思うので、これからもよろしくお願い申し上げる。

質疑応答

(記者) 新会長に伺いたい。今の規制改革会議の中で議論されている農協改革問題と農地取得問題に関して、どのようなお考えをお持ちか。

攻めの農業ということでは、政府も1兆円の農林水産物輸出などいろいろ計画を練っているが、計画の達成に向けての政府への注文は、どのようなところにあるのか。

(小林新会長) 私は規制改革会議のメンバーではないので非常に一般的な知識でのお答えになるが、まず日本の農業問題を考えた場合に一番大事なのは、これから「産業としての農業」にしていくために、競争力のあるバリューチェーンをつくることだと思う。

農業団体あるいは政府も含めて、これまでバリューチェーンの中でもサプライサイドに非常に重点を置いてきたと思う。今後は我々商社業界を含めて、国内、海外ともに川上であるサプライサイドと川下であるデマンドサイドをうまくマッチングさせるように方程式を解かなければいけないと思っている。

そういう施策の延長線上に今お話があったことなどがあると思われるので、当然規制改革は必要だが、やはり農家の方自身がこれからどういう方向に向かうかという問題意識を持っていただき、農業が一つの産業として成立するためには何が必要かということを、我々産業界で生きてきた人間と共に一緒に考えていけたらと思っている。

農林水産物の輸出は2013年で5,500億円で前年から1,000億円増えているが、これは為替の影響等もあり、必ずしも手放しで喜べるような状況ではないと思う。農業を全て一括りに捉えないで、例えば専業農家による農業と中山間地での農業は、やはり切り分けて戦略を立てる必要があるのではないかと思う。

産業として農業が成立するには、競争力を付けることに尽きる。そのためには例えば日本の安全、安心、あるいは味覚を守りながら、それなりの値段で戦えるような形にしていくことや、和食がユネスコの文化遺産になったこととうまく絡めながら、農林水産物の輸出に当たっていくべきではないかと思う。

一方で、中山間地の方については、これは環境省の話かもしれないが、やはり日本の国土保全の観点で考えた方が分かりやすいのではないかと思う。

(記者) 新会長に伺いたい。国内企業の海外進出が進み、経済連携協定がいろいろな国や地域と結ばれている中で、どのようなビジネスあるいは海外のどのような地域に関心を持っておられるか。

(小林新会長) よく感じるのは、やはり人口の減少・増加は、我々にとって非常に重要な意味を持つということである。少なくとも21世紀前半は、米国、中国、日本を含めた大きなアジアが世界をリードし、後半になると、おそらくアフリカが非常に存在感を増してくると思うので、当面はアジアを中心に、先進国である米国と一緒にいろいろなビジネスを構築していく一方で、アフリカなども含めた新しい市場に対して戦略を練って打って出ていく必要があると思う。

(記者) 新会長に伺いたい。今、世界のいくつかの国で紛争などがあって政治情勢が悪化している。ウクライナ、タイ、中国とベトナム、この3つの国、地域の現状が与えるビジネスへの影響をどう見ておられるのか。先々どういった形で収束、あるいは悪化するシナリオも考えられるのか。ビジネスへの影響を中心に今のお考えを伺いたい。また、タイとベトナムについては、具体的に考え得る、懸念されるシナリオがあれば、少し詳しく伺いたい。

(小林新会長) 今、お話があった3カ国の中では、先程触れたように21世紀の前半はアジアが日本にとって非常に重要である。その意味ではタイ、ベトナムは非常に大事であり、今の状況に関しては非常に懸念している。

業界への影響はまだこれからというのが実態と思うが、この状況が続くと、タイもベトナムも成長率であまり大きな期待はできない。両国は、グレーターメコンの非常に大事なところに位置しているので、我々としては早く通常のビジネスができるような環境に回復してほしいと強く思っている。

おそらく、これから一番心配しなければいけないのはタイの動向であろう。これからいつ選挙が行われて、いつまた民主化されるかなど、どれくらい時間がかかるか読めない部分がある。その一方で、タイは日本の自動車産業、食料産業のバリューチェーンの中でコアを占めているので、徐々に影響が出てくることが懸念される。

タイの経済人は政治と離れて経済活動をしたいとの思いがそれなりに強いので、それほど急に影響が出てくることはないとも思うが、国が混乱しデモが起こって、流血事件などが起こるとバリューチェーンも非常に影響を受けるので、そこはやはり心配する必要があると感じている。

ウクライナは、日本から遠いこともあり、日本との貿易量もあまり多くないのでそれほど大きな影響を受けていないが、ぜひ政治、外交面で混乱が長引かないように努力していただきたい。

(記者) 中国とロシアがエネルギーでの関係、結び付きを強化しているが、日本は現在中国およびロシアに対して一時期よりも関係が悪化している。特に商社業界はエネルギーでそれぞれの国と関係が深いと思うが、この中国とロシアのエネルギーの結び付きを商社業界としてどのように受け止めているのか伺いたい。

(小林新会長) 中国とロシアは、長期で、しかも非常にボリュームが大きい天然ガスの供給契約を締結した。この交渉は10年ほど前から行っていたので、どこかでまとまると思っていたが、よくここまで来たという感じがする。

一方、我々の業界からすると、特にサハリンでは石油・ガス開発やLNG等、いろいろなオペレーションを展開しているため、今後東シベリアのガス開発が進むとなると、案件に関するプライオリティーがどうなるかは多少懸念する必要があるかもしれない。少なくとも今日現在は、ウラジオストックやサハリンのLNG案件などでロシア側との話のペースがスローダウンするというような想定はしていない。

ただ東シベリアの開発が滞ったときに、中国に対して契約上供給すべきガスを、サハリンから供給するということになると話は変わってくる。とはいえ、現在のところ、日本が行っている案件と今回の中ロ間の契約とは別物であると理解して良いと思っている。

(記者) インドで新政権が発足した。インドでも現在、財政立て直しがまず大きな課題として挙げられているが、インド新政権に対してコメントを伺いたい。

(小林新会長) インドについては非常に期待している。前首相のときにも、インドでもっと自由にビジネスをしたいということで規制改革を期待したが、実現しなかった。新しい首相は改革精神が非常に旺盛な方だと理解しているので、これから国が発展する流れをつくると思うし、我々もそれにぜひ同調していきたい。インドは重点市場の一つとして位置付けたいと考えている。

(記者) 商社業界は海外の機関投資家も多い。その中で、海外では商社ビジネス、総合商社のような業態が見られないこともあって、商社がなかなか理解されにくい。特に海外の投資家に向けて、商社はこうあるべきだ、商社とは何かということに関してどのようにお考えかを伺いたい。

(小林新会長) 「商社とは何か」ということは、確かに海外の投資家からよく質問される。いろいろな表現があると思うが、私自身はいつも川の流れを想定してほしいと話している。川上には供給があり、川下には需要がある。川中にはロジスティックス、つまり物流があり、あるいは決済がある。我々は、川上に余剰があれば、それを川下で足りないところに持っていく。あるいは川下でこういうものが欲しいと要望があれば、それを川上までさかのぼって探してくる。あるいはまた新しいものを開発する。そういう意味で、世界のいろいろな社会の幸福のために新しい川をつくっているのだ、とよく表現している。

我々は、すべての産業について、強いところはこれ、弱いところはこれと濃淡をつけて、資源の配分も行っている。少なくとも10年前と比べると、昨今は商社に対する理解が結構得られてきたという感触を持っている。

(記者) これまでも日本貿易会として人材の活用などで積極的に提言されてきたと思うが、昨今、国の方で働き方についていろいろ議論が盛んに行われていて、残業代をなくそうという動きもある。新会長としては、女性の活用も含めた人材活用、多様な働き方について、どのようなお考えがあるのかを伺いたい。

また、景気がよくなったこともあって、外食産業を中心に人手不足が出てきているようだが、この問題に関してどのようにお考えかを伺いたい。

(小林新会長) 働き方という観点では、私自身も海外に駐在して現地の人達と一緒に働いたことがあるので、フレキシビリティーや多様性があっていいのではないかと感じている。業種やポジションにより、従前のような働き方もあれば、ホワイトカラーエグゼンプションのような働き方もあっていいのではないかと思う。

今の大学生あるいは若い方が入社されるときには、どちらかというと「就職」よりも「就社」になっている。入社した後でどうするかについてはあまり考えずに入社するのが一般的だと思うが、これからは「就社」から「就職」に転換する必要がある。そうなればプロとして、もっともっと個々人が努力することを求められ、環境も変わってくるのではないかと思う。従って、「これがいい」、「これが悪い」ということではなくて多様な状況があることが、これから若い方にとっても非常に良いのではないかと思う。

また、サービス業界などで人手不足となっているのは、本当に大変だと思う。政府もいろいろな対策を打ち出しているが、2020年のオリンピックの先も見据え、全体のバランスをよく考えて実施いただきたいと思う。ただ、日本が少子高齢化の中で生産に携わる人口が減るということについては、きちんとした対策が必要だと思う。70歳まで働けるようになるなど、徐々に世の中が変わっていくのではないかと感じている。

(記者) 成長戦略の中で商社がいろいろ貢献できる分野としては、例えばインフラ輸出であるとか、石炭火力、港湾など、官民一体で取り組む中で、このあたりはもう少し貢献できるという分野があれば伺いたい。また、その中でもう少し政府にもいろいろな国別、セグメント別にもっと戦略を練ってほしいなど、日本貿易会の研究会の活動も踏まえて、そのあたりの注文をもう少し具体的に伺いたい。

(小林新会長) やはりアベノミクスの第三の矢がこれからどう出てくるかが非常に大きなポイントであるが、我々としてはそれをきちんと具現化して、日本の経済構造を昔のデフレ、あるいは「失われた20年」と言われるところから脱して、これから新しい21世紀の日本としての成長へ持っていきたい。

そのために政府とコミュニケーションをきちんと取りながら、率直な意見を具申し、あるいは政府の支援も得ながら、個社として、あるいは業界として大きくなっていく姿を追求したいと思う。

我々が成長戦略の中で貢献できそうな分野は何かというと、まず一番はインフラ輸出関連だと思う。現在10兆円程度のボリュームを2020年には30兆円にしたいという政府の意向に沿って、我々もいろいろなことを行っていきたい。

業界の中でもいろいろと意見、知恵の出し合いを行っている。インフラ案件は基本的にハイリターンは期待しにくいので、ローリスクでうまく仕組めれば、いろいろな案件がどんどん具現化していくのではないかと思う。

以上