2015年7月22日に開催された会長定例記者会見要旨

定例記者会見

2015年7月22日

前回の会見から早いもので2カ月が経過したが、この間に世界のさまざまな地域で大変目まぐるしい動きが見られた。

ご案内の通り、中国では6月末にアジアインフラ投資銀行、いわゆるAIIBの設立協定署名式が執り行われ、本年末にも設立されることになった。そして6月から7月にかけて中国株が急落し、一時はどこまで影響が拡大するか世界中が注目したが、その後株価はひとまず下げ止まっている状況であると思う。

また、欧州ではギリシャの問題がようやく支援継続で合意に達した。最悪のケースは当面避けられたものと理解しているが、抜本的な解決ができたわけではないので、世界経済は引き続き厳しい状況に置かれていると言える。

その一方で、中東関連ではイラン核協議が合意に達した。今回の合意については、原油価格が低迷している中、エネルギー市場にどのように本件が影響していくのかといった観点からも注視していく必要があると思っている。このほか、米国においてはTPAが成立し、TPP交渉が合意に向けて動きだしている。当会はかねてからTPPの実現を要望してきたが、TPPを通じて関係各国が協力関係をより強固にし、域内の生産者と消費者が幅広く恩恵を享受できるようになることを願っている。さらにはTPPに加えて、RCEPなどその他の経済連携も締結され、アジア太平洋地域の経済社会の発展と繁栄が確かなものになっていくことを強く期待しているところである。

さて、このような世界の動きの中で日本では日本再興戦略が改訂された。さまざまな施策が盛り込まれているが、インフラ輸出支援の強化などを歓迎するとともに、規制緩和、さらには外国の人材や企業が活躍できるような「内なるグローバル化」政策を引き続き積極的に推進していただきたいと思っている。商社業界としても、アジアを中心とする成長市場とのインフラパートナーシップの展開、国際連携を通じたイノベーションの推進など、特に日本のグローバル戦略の展開において精いっぱいの貢献を果たしていきたいと考えている。

次に日本貿易会の活動について、2点ご報告する。まず日本貿易会賞懸賞論文の募集についてである。すでに皆様にはご案内しているが、本年も日本貿易会賞懸賞論文の募集を開始した。募集テーマは「内なるグローバル化の推進」とした。例年、国内外から多数のご応募をいただいているが、本年も幅広い層から斬新で示唆に富む論文が多く寄せられることを期待している。

2点目は商社シンポジウムの開催についてのご案内である。正式には9月にあらためてお知らせするが、今年も商社に関するシンポジウムを10月16日に開催することで準備を進めている。このシンポジウムを通じて、とかく分かりにくいと言われている商社について、具体的な事例も交えつつ、果たしている機能などをご紹介できればと思っている。皆様にもぜひご来場いただきたいと思う。私の方からは以上です。

質疑応答

(記者) 東芝の不適切な会計問題は企業統治の不十分さを露呈したが、会長の率直なご感想と原因についてのお考えをお伺いしたい。

(会長) 個社の問題であり、メディアからの情報が回答のベースになるが、正直残念である。

「築城3年落城1日」という言葉があるが、これは企業にも当てはまる。何十年の地道な努力の積み重ねもたった1日で失われかねず、すべてのステークホルダーに深刻な影響が及ぶ。良き企業市民として、ステークホルダーから信頼される会社であり続けることが大切である。この機会に日本企業は、その点が担保されているか、もう一度自己点検する必要があると思う。

また、企業市民として最も大切なことは、嘘を言わないことである。コンプライアンスが重要なことは当然だが、社員1人1人がもう一度自分の問題として振り返って法令遵守の姿勢を改めて徹底することが大切だと思う。

(記者) 東芝の問題では、社外取締役が機能しなかったことが課題のひとつとして取り上げられている。社外取締役にはどのような資質が求められているとお考えか。

社外取締役が経営に対して意見を述べる場合、その会社の常識と成長戦略とのバランスをどのように取っていくのかについて、ご自身の経験も含めて教えていただきたい。

(会長) 社外取締役として最も大事なことは、「個社の常識」に対していわゆる「一般の常識」の物差しで発言することだと思う。個社の常識はさまざまであろうが、世間一般の常識から逸れていないことで、良き企業市民となる。したがって、その会社の常識が世間一般の常識から逸れていれば、その点をきちんと指摘していくことが社外取締役として大切なことである。

また、企業であるから、成長目標としての数字はきちんと示さなければいけない。ただ、そこに無理がないかどうかは、世間一般の常識と照らし合わせて、「それでいいのか」と問い掛けることが社外取締役の大事な役割なのではないか。

私自身も、複数の社外取締役を務めているが、最初にすることは、その会社の企業理念や価値観などを教えてもらうことである。その会社がどこに軸足を置いて経営しているかをまず知り、それをベースにしてさまざまな議論を展開していくようにしている。

逆に言うと、最初に教えてもらえれば、いろいろな案件でその会社の価値観に反していることについては、「それは違うのではないか」、「それはこの会社が向かうべき方向ではないのではないか」、ということを指摘できる。会社のトップに対して社内では言えないことも、きちんと発言していくことがやはり社外取締役の役割だろう。つまり、その会社が持っているいろいろな価値観に対して、「ちょっと待って下さい」と、静かな池に石を投げて波風を立てる、それが非常に大切だと思う。

(記者) 東芝は後任の社長選出に当たって、新たに指名委員会を設け、外部の人も入れて話し合っていくということである。トップの選考に関して、社外取締役の立場としての関わり方、選び方について、どのようにお考えになっているか。

(会長) 会社経営のポイントはいくつかあると思うが、その1つはやはり「攻め」であり、同時に「守り」がある。また、その会社の常識と世間の常識の違いをきちんと判断できることが、トップには必要である。今回のトップは、コンプライアンス遵守を社内に徹底させるという役割を果たすのに相応しい人になるのではないか。しかし、その一方で企業は成長しなければいけないから、全体のバランスを取って、オールラウンドに対応できないといけない。東芝については、指名委員会により適任者が選ばれるはずであるから、その人に期待したい。当然のことながら、次期社長への期待としては、影響を受けた企業イメージを的確に短期間でどう回復できるか、また国民、あるいはステークホルダーの信頼感をどう取り戻せるか、それに尽きるのではないか。

(記者) 日本企業全体として、社外取締役は機能していると思われるか。

(会長) それはなかなか難しい質問で、仕組みができて、すぐに期待通り機能が発揮できるかというと、やはり多少時間がかかるのは確かだと思う。たまたま私が社外取締役を務めているところはかなり昔から導入しているので、社内で社外取締役と共に何を議論したら良いかが理解されている。社外取締役に就任した人は、まずその会社の価値観や方向性、中期経営計画などとともに、個々の事業に関しても確認すべき点を問いかけると良いと思う。

日本企業全体については、社外取締役が機能している部分もあるし、そうでない部分もあるかもしれないので、社外取締役からも事業内容についてのレクチャーを自ら希望するなど、お互いがレベルアップしながら機能を果たしていくようなプロセスにできるだけ早く入らなくてはいけないと思う。日本企業全体では多少濃淡があるかも知れないが、数年で必ず満足のいく水準に達すると思われ、そのようにキャッチアップできることが日本企業の強みである。

(記者) TPP交渉は、7月末の妥結に向けて最終局面に入っていると思うが、会長ご自身はどのような分野に期待されているのか、日本経済にとっての切り口と、業界にとっての切り口でそれぞれお伺いしたい。

(会長) 日本も、業界も、おそらく同じメリットを享受できると思っている。つまり、日本はこれまで貿易立国としての道を歩んできており、同じルールと価値観を持つTPPの加盟国間で、モノ、ヒト、カネ、情報を自由に行き来させることは、日本にとっては非常にメリットがあると確信している。

例えば農業交渉などに関しては国として結果をきちん出さなければいけないと思うが、いろいろ支援をしていくことで、日本全体として必ずメリットを享受できると信じている。

(記者) TPPは良い面もあるが、例えば飼料や畜産、肥料などの業界では、もう少し競争力の強化が必要といった問題もある。商社やメーカーにとっては、例えばベトナムから米国市場を狙うなどといったビジネスチャンスがあるのではないかと思うので、そのあたりのお考えをお伺いしたい。

(会長) TPPに加えて、例えばこれからASEAN経済共同体(AEC)が発足するが、AECについては加盟10カ国とうまく連携することで、いろいろな展開が可能だと思っている。おそらく、第2次と第3次産業はメリットを享受できるが、残った第1次産業についても、これを契機に構造改革を行うことによって、世界で戦える第1次産業へと進化していくことができると思う。その為には、我々第2次産業、第3次産業に携わる人間も協力していく必要がある。

基本的に、日本は、モノ、ヒト、カネ、情報の自由な往来を最も得意としてきた国であり、また、貿易が日本を支えてきたこともあるので、そうした強みをさらに強化できるチャンスが来ていると思う。

(記者) 日本貿易会は、TPPについて今までも業界団体として推進を訴えられてきたと思うが、さらに環境整備を進めていく意味で、業界団体として今後どのようなことを訴えていかれるのか。

(会長) TPPはできるだけ除外項目が少ない形で仕上げるべきだと思う。ただ、どうしても除外など考慮をしなければならない項目に関しては、第1次産業が中心になると思うが、国として、あるいは我々としてどのような協力ができるかを議論しなければいけない。

またこの機会に、個々の企業が持っているバリューチェーンをより強いものとすべく、TPPなどをどのように活用できるかをもう一度個々の企業が見直す必要があると思う。今回のTPP、あるいはAECはバリューチェーンの強化に対して非常に大きな力になるはずである。これから個社のいろいろな知恵が必要になってくると思う。

(記者) イランの制裁が解除された後、日本、特に総合商社は、どういう分野でイランと提携できるとお考えか。

(会長) イランについては、我々貿易業界は長期間にわたって友好的にいろいろなことをやってきた経緯もあり、今回の件に関しては大いに期待している。原油のトレードや共同開発、あるいはそれをベースにした石油化学などいろいろな事業が考えられる。加えてこれから注目したいのは、イランは8,000万人弱の人口を抱える巨大消費市場であるという点である。

現時点では、過去につくった老朽化したプラントの補修、修復作業などがある一方、イラン国内消費という観点からも、日本企業としていろいろな取り組みが可能だと思うので、非常にエキサイティングな方向に進んでいると判断している。

(記者) 東京五輪の関連で伺いたい。国立競技場の問題等もあるが、今回の五輪は「理念なき招致」と言われている。この理念について、会長はどのような形として持つべきとお考えか。また、1964年の東京五輪のときは、「世界は1つ」という理念を掲げたが、今度の東京五輪はどのような理念を掲げて、そのために我々はどのような行動を起こしていくべきとお考えか。

(会長) 日本は今、変わらなければいけないタイミングに来ている。先程のTPPやAECの話があるように、世界はまとまりつつあり、モノ、ヒト、カネ、情報が自由に行き来する時代になってきている。日本の今までのグローバル化は、日本から、ヒト、モノ、カネ、情報を外に向かって出していくことだった。日本の再興戦略では、日本がこれから強くなるための方策として、ヒトに外から日本に入って来てもらうグローバル化を掲げているが、これが大きな切り口になると思う。したがって、国境、あるいは境界のない、シームレスな世界を築く突破口として今回の東京五輪を位置付けたらよいのではないか。

例えば、2014年に海外から1,340万人が訪日したことは非常に素晴らしいことであるが、我々にとって物足りないのは、海外から企業や技術者、科学者などが盛んに日本に来る状況にはなっていないことである。したがって、東京五輪は、そうした企業や外国の人々を惹きつけられるように、21世紀の新しい国際化時代に向けた日本を世界に紹介していく良いタイミングになるのではないかと思う。

我々としては日本がいかに潜在能力に満ちており、しかも友人として友好的であるかということを海外の人たちに示してもらいたい。こうしたことができれば、もっと海外の人に日本に住んでもらい、事業を展開してもらうことで「内なるグローバル化」を進め、本当の意味で世界の中の日本を位置付けていく、というタイミングになるのではないか。

(記者) そのために、商社業界で「内なるグローバル化」を進めるためには、どういうことが大切とお考えか。

(会長) 世界遺産や和食など、いろいろなもので日本は対外的にアピールをしている。「おもてなし」と言っていいと思うが、日本の国民が持っている素晴らしさをもっと訴える必要もあるし、日本という国がいかに安心、安全であるかなど、日本は、いろいろアピールできるものを持っているので、それらを、うまく組み合わせていくことが非常に大事なのではないか。

国だけでも、民だけでも、官だけでもない、国民全体が日本という国にもう一度誇りを持って、日本が世界に冠たる国であることをアピールする必要があると思う。

それともう1つは、課題先進国である日本がいろいろなところに具体的に着手している姿を対外的に見せることによって、海外のプロフェッショナルの人達の日本に対する思いがますます深まることを期待したい。

以上