会長定例記者会見(2024年5月15日)要旨
2024年5月15日
まず「中東情勢と第7次エネルギー基本計画」について。
中東におけるパレスチナ自治区ガザでのイスラエルとハマスとの衝突に加えて、イスラエルとイランとの直接衝突があり、極めて自制的であったと思うが、中東情勢はここにきて一層混迷を深めている。ガザでの戦闘を巡って、国連安全保障理事会において即時停戦を求める決議が初めて採択されたが、エスカレーションをこれ以上招かないよう関係国には最大限の自制が求められる。日本政府も事態がこれ以上エスカレートしないよう働きかけを継続していただきたい。
ここにきて一時停戦の期待が高まったところであるが、急激にこの期待は後退し、少し悲観的なシナリオになり始めている印象である。中東情勢の流動化、緊迫化は、様々な意味で世界経済に影響を及ぼすことが懸念される。紅海での航行上のリスクやエネルギー市況に対する影響は大きいと考える。
その中で、政府は近く日本の中長期エネルギー政策の方向性を示す「エネルギー基本計画」の見直しに着手し、中長期の政策指針の一環として2040年度のエネルギーミックスが策定される見込みである。現行の第6次計画が策定された3年前からは、大きく情勢が変わっている。特にDX促進、急激に普及している生成AI、データセンターの拡張などによる電力需要の大きな伸長が予想される中、温室効果ガスの排出削減目標の実現と、産業の競争力維持につながる安定した安価なエネルギー供給の実現をどのように実現していくのか、極めてハードルの高い課題に取り組んでいかなければならない。
ロシアのウクライナへの侵攻、中東紛争の激化などでエネルギー安全保障の重要性は、数年前に比べると全く次元の異なるものになってきており、それに伴うコスト上昇を如何に抑制するかも重要な課題である。現実問題として化石燃料が再エネに置き換わるにはまだまだ時間を要し、計画性を欠いた化石燃料比率の引き下げは、経済や国民生活に大きなインパクトを与える。エネルギー安全保障や安価なエネルギー供給を含めてトータルで見た計画が必要である。その中で安全を確保した原子力発電の活用も不可欠であると考える。
エネルギーの対外依存度が高い日本にとって極めてチャレンジングな状況が待ち受けているが、実現可能なロードマップが示されることを期待している。われわれ商社業界も事業活動を通じて、持続可能なエネルギー供給を実現するための課題解決を図る役割を果たしていきたいと考える。
次に「金融政策と為替相場」について。
日銀は、3月の会合で、マイナス金利政策および長短金利操作を解除し、短期金利の操作を主たる政策ツールに回帰させる政策変更に踏み切った。ただし、日銀は当面緩和的な金融環境を維持する構えで、先の4月会合では金融政策は据え置かれた。
一方、米国では物価上昇率が再拡大し、先のFOMCではFRBのインフレに対する極めて厳しい認識が示された。市場としては年内1回の利下げを織り込んでいると思うが、年前半にも実施されると見られていた初回利下げが、後半にずれ込むとの見方が大勢となっている。このような中、為替市場では円が大幅安となり、その後は市場介入によると見られる円の急反発の展開があったが、大きな意味で円安の流れは変わらないと思う。
こうした環境にあって、わが国では政府のエネルギー価格抑制策の段階的終了が見込まれており、これに円安進行に伴う輸入価格上昇が加われば、国内経済に一段のダメージになる可能性があると指摘されているところである。
日銀には難しいかじ取りが求められている局面かとは思われるが、価格上昇による国内経済の疲弊を避けるためにも、政府としっかりと連携していただき、適切に対応していただくことを期待する。
最後に、「報告書 カーボンニュートラルと商社」について。
2月の会見で少しご紹介させていただいたが、カーボンニュートラルの達成が求められる中、グローバルに活動している商社の知見や経験が、この動きをさらに加速し貢献できるものと考え、2023年3月に特別研究会を立ち上げた。
エネルギーの安定供給と効率を両立しつつ、カーボンニュートラルを進めるための論点整理と、日本を代表する13商社の取り組み事例の研究を行い、そこから見えてきた課題と提言、将来に向け商社が貢献できる可能性について、今回、報告書としてまとめた。
メディアの皆様には印刷したものを別途お届けするので是非ご覧いただきたい。
質疑応答
(記者)エネルギー基本計画の改定について。これまで国内の洋上風力入札、蓄電池導入といった分野を商社が牽引してきたという面があったと思うが、今回の改定作業において議論が進むことを期待している点は?
(会長)基本的な認識として、洋上風力も含めて再エネが中長期的に重要ということは間違いない。しかし、再エネが主力電源になるまで、ある一定期間は化石燃料に頼らざるを得ない。原子力もベース電源として必須。その移行期間に化石燃料とどのように向き合うかという点。このあたりを踏まえた上で再エネを最大限促進していくという議論だと思う。再エネ普及のボトルネックの一つが送配電網。特に北海道―本州間、本州―九州間。このあたりをどのように整備するかも含め、再エネ導入を容易にする道筋をパッケージで考えないと100%再エネ電源を活用出来ない事態になりうる。
一方、電力多消費型のデータセンター、半導体製造といった産業において地政学的な観点で日本がハブとして注目されてきている。日本の経済にとって重要な動き。それらの産業は総じてグリーン志向であり、クリーンな電力供給が制約になってこういった産業誘致が進まないという事態は避けなければならない。
送配電網の整備は時間を要するので、再エネ電力を安価に供給できる地域にそういった産業を誘致するという政策をパッケージで検討する必要があるのでは、とも思う。
(記者)関連して、タービン等の部材を輸入に頼っている状況での現状の為替相場(円安)はコストアップに繋がると理解。金融政策との連動という点での政策への意見、期待は?
(会長)為替相場に影響については、部材を100%国産に出来ない中、円安がコストアップに繋がるのは間違いない。部材のコストのみならず、工場の建設費用、人件費も含めた製造コスト全体で評価すべきとは思うが、これ以上の円安傾向はマイナスの影響の方が大きいと個人的には感じている。
(記者)米中関係。昨日、米政府が発表した中国製品の関税引き上げの影響をどのように見ているか?
(会長)米政府の動きは11月の大統領選を見据えた政治的な動きと理解している。関税引き上げの直接的な影響というより、米中対立が先鋭化していくことによる中長期的な影響、例えば、経済安全保障に対する影響や、サプライチェーン、貿易の流れに与える影響の方が大きいと思う。
(記者)11月の米大統領選でトランプ氏が復帰した場合の影響はどのようにみるか?
(会長)一般論で申し上げると、トランプ氏は実業界出身でバイデン氏は政治家という点が根本的な違い。トランプ氏はDeal Maker。何事も交渉を中心に進めていく可能性がある。アメリカにとってプラスかマイナスかで判断が進むことで世界の秩序が予見できなくなる可能性がある。
日米関係が根本的に変わることは無いと思うが、具体的事項でプレッシャーが来る可能性はあるのではと思う。
貿易に関しては、トランプ氏がロシア、中国に対してどのような感覚を持っているか報道を見る限りわからない。Deal次第では両国との関係も劇的に変わる可能性もあるのではと思う。米中関係が現状のまま進むかもわからない。
不透明感がある中、政策の変更リスクを考えておくべき。具体的にどのように変わると言えないところが悩ましいところ。
(記者)第6次エネルギー基本計画策定からこれまでの日本の再エネ導入への取り組みに関する評価は?
(会長)どの時点を基準にするかという議論はあるが、これまでの日本の取り組みが他国に劣後しているとは思わない。日本は極めて真っ当に温室効果ガスを削減してきている。
一方、日本のこれまでの取り組みがあまり海外にPR出来ていないところはもどかしさも感じている。御存知の通り、日本は再エネ設備の設置においてそれほど多くの適地に恵まれているわけでない。着床式洋上風力や大規模太陽光は立地できる場所が限られている。制約がある中でよくここまでコストを下げる取り組みが進んできたという印象。これからどのように促進していくかが課題。
先に述べた原子力を含めたベース電源の問題にどのように対応するかの方がむしろ課題ではないか。
(記者)関連して、他国との比較においては各国固有の事情をあまり考慮せずに単純に比較されるが、その点についてはどのように思うか?
(会長)この分野に関しては欧州勢の声が圧倒的に大きいのは事実。この点は個人的には疑問がある。欧州勢が出来ることを他地域の誰もが出来るわけではない。カーボンニュートラルを達成するという目標は共有すべきだが、ロードマップは共通のものでなく、各国が各々の事情を考慮した多様なロートマップを持つべきだと思う。
その中で重要なのがトランジションであるが、現状の制度では残念ながら温室効果ガス排出を抑制する低炭素化プロジェクトであっても必ずしもトランジションファイナンスがつかない状況であり、日本を含めたアジアにおける一つの課題と認識。