会長交代記者会見(2024年5月31日)要旨
2024年5月31日
國分文也名誉会長(前会長)ご挨拶
本日はお忙しい中、日本貿易会の会長交代会見にご出席いただき感謝申し上げます。
本日午前に開催した第100回定時総会にて安永竜夫三井物産株式会社 代表取締役会長が日本貿易会の代表理事、会長に就任することが正式に決定しました。私は、今後、名誉会長として当会の活動をサポートしていく所存です。
先ずは私から、2年間の在任期間を振り返りつつ、退任のご挨拶を申し上げます。
当会会長に就任した2022年初夏は、世界が新型コロナウイルスによる未曽有の危機にようやく対応を見出しつつある中にあって、ロシアのウクライナ侵攻が新たな地政学リスクとして拡大を見せた時期でありました。かねてからの米中摩擦の深刻化もあって世界は分断の様相を強くし、従来の国際秩序に基づく自由な貿易・投資体制の維持が一段の危機に見舞われた、潮流が変わってきた時期でもありました。
その流れは今日に至っても大きく変わっておらず、各国が経済安全保障重視に傾く中、サプライチェーン強靭化を名目に自国産業を優遇する産業政策が活発になっています。ただ、そうした中でも、通商面では、多国間の通商ルールを補完するメカニズムとしての経済連携でいくつかの進展がありました。一つは、環太平洋パートナーシップに関する協定(CPTPP)であり、発足時メンバーの11ヵ国全てで締結・発効しました。さらに英国が参加を表明、署名に至りました。自由貿易という観点からは若干ずれますが、多国間で経済安全保障を補完し合う仕組みとしてはインド太平洋経済枠組み(IPEF)でも署名が実現しました。このようにWTO体制の機能低下に対応する仕組みにおいてはいくつかの進展がありました。
地球規模で解決すべき共通課題では、協調の姿勢も見受けられました。特に、気候変動関連では、昨年開催されたCOP28において、「化石燃料からの脱却を進める」という歴史的な合意が産油国の賛同を得た形でなされ、世界は低・脱炭素化社会への移行に向けた意思を確認し合ったところです。
また、日本国内では「新しい資本主義」の考え方に沿い次世代半導体・蓄電池などの戦略分野や、グリーン(GX)やデジタル(DX)といった高成長が見込まれる重点分野での日本の産業競争力強化を狙った施策においてもいくつかの進展がみられました。
斯様な状況下にあって当会は、「ともに築こう、サステナブルな世界を」というスローガンの下、日本政府や各国の通商関連機関とも連携し、持続可能性の高い自由貿易・投資体制のあり方を模索、そのために必要と思われる各種調査活動、政策提言に取り組んできました。
世界がカーボンニュートラル社会への移行に向けて前進する中、昨年には特別研究会「カーボンニュートラルと商社」を立ち上げ、グローバルに活動している商社が脱炭素化にどのような形で貢献できるかについて議論を重ね、つい先日報告書を発刊したところです。
加えて、商社、金融、メーカー等ご出身の登録会員の皆さま、中でも、シニア人材に社会で一層活躍していただくプラットフォームとして当会が創設した「国際社会貢献センター(ABIC)」 の活動を通じ、政府・地方自治体、中小企業、教育機関、留学生支援組織などへの支援を活発に行いました。
バトンを引き継いでいただく安永会長には、豊富なビジネス・財界活動の経験に裏打ちされた強いリーダーシップを存分に発揮いただき、引き続き、自由で開かれた投資・貿易の枠組みの維持・拡大やビジネス環境の改善、わが国を取り巻く諸課題の解決に向け、取り組んでいただきたいと思います。
最後になりますが、関係各位の多大なるご支援に対しまして、この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。メディアの皆様方におかれましては、ご協力、ご支援賜りましたことに心より感謝致します。また、安永会長に対する変わらぬご支援のほど宜しくお願い申し上げます。
安永竜夫会長ご挨拶
第15代日本貿易会の会長を拝命致しました安永でございます。宜しくお願い致します。
日本貿易会は75年を超える歴史を有する業界団体です。私自身は社長時代の6年間、当会の副会長にありました。地政学リスクの高まりや世界経済の分断、あるいは、地政学リスクによるインフレーション、エネルギー危機が起こる一方で、エネルギーの低炭素化へ向けて歩を前に進めねばならない激動の時代に日本貿易会の会長を拝命したことは、身に余る光栄であり、職責の重さに緊張しています。
國分前会長が2年間、「ともに築こう、サステナブルな世界を」と、自由で開かれた貿易体制、カーボンニュートラルに向けた取り組みの加速化を強力なリーダーシップで推進していただきました。これは引き続き強力に推進させていただきます。今回私が新体制で強調したいキャッチフレーズを作りました。「フロンティアスピリットで未来を切りひらけ」です。言葉としてはベタと思われるかもしれませんが、商社は常にフロンティアスピリットを持って新しい市場、国、事業分野、ビジネスにチャレンジしていく企業群であって、日本貿易会はそういった企業の集合でなければならないとの考えに基づいています。
不確実性が高い世界情勢下だからこそ、フロンティアスピリット、アニマルスピリット、ジャングルガイド的な思想をもって新しい世界を切りひらいていく。これにより、新しい未来作りに取り組むということを、商社、日本貿易会のミッションとして掲げたいということです。
三点ほど強調したい点を申し上げます。
一つ目は、「グローバルサウスとの関係強化」です。世界の経済の重心が南にシフトし、成長の中心がグローバルサウスと呼ばれる国々に移ってきている中、現地の企業、政府と成長の種を一緒に探し、そこで次の成長のためのビジネスを手掛けていかねばなりません。これらの国々は資源、労働力が豊富で日本が持っていないものを持っています。相互補完の関係を築ける国々とパートナーシップを作って参ります。今まで日本はASEANを中心に多大な経済協力を行い、これらの国の発展に貢献してきましたが、今や、ドメインによっては日本が追い抜かれようとされています。海外を見て回ると、日本が本当にグローバルサウスから「選ばれる国」になっているか、日本のプレゼンスが相対的に小さくなっているのではないかとの危機感を覚えています。
日本企業とグローバルサウスの連携を加速化するには、一企業の力のみならず、官民が連携して、現在のグローバルサウスと日本との関係に合致した協力のあり方や新しい仕組みつくりなどを模索していく必要があります。日本貿易会が率先することで関係省庁と一緒に模索できるかと思います。
二つ目は、「内なる国際化」です。少子高齢化の中で、日本の社会の持続性を保つためにも、海外の優秀人材を日本の経済社会や企業にもっと呼び込む必要があります。我々企業も日本人だけで仕事をマネージする時代は終わりつつあると感じています。特に商社はグローバルに事業を展開しており、連結ベースだと、社員の大半がすでに外国人材になっています。一方、日本の本社で働いている外国人材はまだまだ少ない。もっと外国の優秀な人たちに経営の分野でも活躍してもらえるよう、よりDiversity&Inclusionを進めていく必要があります。「内なる国際化」では、企業だけでなく、社会の中でいかに外国人材に日本を選んでもらうか、日本が選ばれる存在になる事が重要であり、この視点から日本貿易会が提言できる事を考えぬき、その取り組みを強く推進していきたいと考えています。
三番目は、「商社・日本貿易会の見える化」をもう一段進めていくことです。商社の仕事は複合的且つ重層的で事業ドメインも国も非常に多様に亘っており、メディア、アナリスト、株主の方々からは経営の要諦が見えないともされています。ウォーレン・バフェット氏が商社を投資対象に決めた瞬間から、商社のフォロアーが増え、株価高につながったことはある意味喜ばしいことではあります。ただ、どこまで商社の機能、役割、潜在力を本当にご理解いただけているのでしょうか。持続的に商社の企業価値を向上させる為には、個社として事業内容を説明することに加え、日本貿易会としても商社がどのように皆さんのお役に立ちうるかを説明していく必要があります。
上述三点については、日本貿易会の事業計画の中でも、既にいくつか散りばめられておりますが、私個人のライフワーク、会長プロジェクトとしても、しっかりと推進したいと思います。
商社の業容が拡大する中、さらに大きく発展させ、その活動を通じて日本社会の閉塞感を砕き、未来を切りひらくことができれば幸いです。皆さまのご協力を宜しくお願い申し上げます。
質疑応答
(記者)2年間の任期で特に印象深かったことは?
(國分名誉会長)2年間印象深かったことはいろいろとありましたが、非常に良い経験になったのは昨年の広島G7サミットでのサイドイベントに日本貿易会会長として出席し、商社の活動を紹介できたことです。
この2年間は、大きな時代の流れの節目であったと感じています。コロナ収束後にロシアのウクライナ侵攻が起こりました。従来からくすぶっていた議論ではありますが、自由貿易・投資体制から経済安全保障に大きく流れが変わってきました。その流れの中で、先進各国が産業政策に取り組み、米国でさえ保護主義的な動きを見せています。
(記者)官民挙げての連携というお話の中で注目している事業領域、地域は?
(安永会長)これまでの日本のODAは、設備やインフラを建設して役割を終え、あとは相手国が活用するという関係でした。一方、日本が得意としているのは、設備を作った後の人材作りや運営といった分野です。事業としてのインフラプロジェクトなどを考えたとき、ライフサイクルで貢献していくことが日本企業の強みでありますので、民間企業が直接運営や経営に携わる形に変えていく必要があると思います。
分野で言えば、グリーンとデジタルです。脱炭素の道筋はグローバルサウス各国でそれぞれ異なっていますが、一つの道筋だけを強制するのではなく、柔軟に各国の事情にあわせた形で脱炭素のロードマップ策定に協力する必要があります。これも日本の得意とするところであり、斯様な日本の協力を必要とする国々こそが注力すべき対象国となります。ASEANが既に成長した現状では、インドをはじめとする南アジアの国々やアフリカ地域、地政学リスクが低めの中南米諸国も対象国となります。中南米は日系移民の歴史があり日本との心理的関係性が近く、かつ、日系人が過去に苦労された歴史の中で日本並びに日本人に対するリスペクトが社会の中で残っています。日本が必要とされる土壌が存在するとの点で大事な地域です。
(記者)会長任期の2年間は、総合商社の業績が飛躍的に伸びた2年間であった。総合商社の強さがどこにあると感じたか?
(國分名誉会長)総合商社は日本のみならず大きな社会課題に正面から向き合い、ソリューションを提示していく機能を持っています。刻々と変わる社会課題にしっかり向き合ってきました。資源ビジネスが利益貢献している側面はもちろんありますが、エッセンシャルなところに向き合ってきたことが業績を高めた背景だと思います。このモデルを今後維持、発展できるかどうかが課題だと思います。
(記者)グローバルサウスを含めた発展している国々との付き合い方。GX,DXといった分野で欧米より日本が遅れている側面もあると思うが、日本としての強さ、克服すべき課題は?
(安永会長)グリーンの世界では、確かにグローバルなデファクトスタンダートを作ることに欧州が先行し、ブルー、グリーンといった定義をこれまで作ってきました。しかし、ウクライナ侵攻等を受け、各国がおかれている環境がそれぞれ異なり、各国の脱炭素に向けたロードマップが異なってきています。経済成長が続いている国ではまだまだ電力需要が伸びます。電力の安定供給を図りながら脱炭素化を図る道筋は再生エネルギーとEVだけではありません。自動車の世界ではEVに対するステップバックの動きも出てきており、中古EVの再販価格がはっきりしない中、希少金属の供給が継続的に出来るかといった課題もあります。自動車メーカーはバイオ燃料などを活用したハイブリッドの内燃機関も使い、内燃機関の低炭素化と効率向上を同時に実現する仕組みを志向しています。我々もその方向にあわせて、エネルギーミックスを違う角度で考えていくと、バイオ燃料、アンモニアあるいはその誘導体を使ったモビリティの仕組みを使ったビジネスを提案出来るようになります。グローバルサウスにはバイオ資源が豊富にありますが、赤道直下では風が吹かず風力発電には適さず、太陽光発電に適した敷地が十分にあるわけではありません。我々は、それぞれの国に適した脱炭素の道筋を相手の立場になって提案することができますし、斯様なアプローチは、東南アジア、ブラジル、中南米で有効なのだと思います。
デジタルの分野では、確かにGAFAの世界では圧倒的な差があります。一方で例えば、設備のメンテナンスや省エネの分野は、日本がグローバルサウスの国々と一緒になって予知的なメンテナンスにおいてデジタルを最大活用するといった議論が出来るかと思います。顔認証といった分野も有効な機能だと思います。
(記者)商社、日本貿易会の見える化について、どういう形で発信していくお考えか?
(安永会長)先程の総会でお話ししたばかりであり、これから事務局の知恵を集めつつ考えていかなければなりません。自分自身に対しても言えることですが、まず自分の仕事を胸張って家族に説明できるかという点が大事だと思います。三井物産の個社のケースではありますが、「Open Day」という企画で新社屋に社員のご家族を呼び、子供たち、おじいちゃん、おばあちゃんたちにもたくさん来ていただきました。これが原点かと思います。家族に説明できないことを世間に説明などできません。また、商社の仕事の語り部は商社パーソンしか出来ないとも思います。自分たちの役割をわかりやすい形で説明していくことが「見える化」に繋がっていくのだと思います。
(記者)エネルギー基本計画の3年ぶりの見直しにおいて政府にどのような議論を期待したいか?日本貿易会として議論にどのように関与したいか?商社のビジネスにおいて脱炭素にどのように貢献していくのかお聞かせ願いたい。
(安永会長)カーボンニュートラルへの道筋は一本ではなく、国、環境によって多様性があるはずです。特に日本においては、あらゆる道筋をたどらないとカーボンニュートラルは実現しないと危惧しています。我々商社業界はLNGのメジャープレーヤーであり、まだまだ増産計画はあります。2040年を超えてLNGは本当に使われる燃料なのでしょうか。化石燃料は全て排除されるとなると、今から新たなLNGプロジェクトを立ち上げるというのは無謀な行為になってしまいます。
実際には、CCSといったカーボンキャプチャー、植林、クレジットの取得といった手法と組み合わせる取り組みで、まだまだ環境にやさしい化石燃料を生み出す余地はあります。また貿易に頼っている日本にとっては、海運におけるCO2排出もしっかり見なければなりません。いきなり水素に切り替えることは難しいため、メタノール、アンモニア、ガスとの混合といった燃料供給、あるいは核融合といった新技術への先行投資も重要です。
今ある原子力を安全に最大限配慮しながらいかに再稼働させていくかも大きな課題です。AIにもとづくデータセンターでの電力消費が大幅に増えた場合、電力需要そのものが大きく増えると、再生エネルギーだけで電力需要を賄うのは現実解として相当難しいと言わざるを得ません。量の確保と低炭素化の両立を考えると、地元とのコンセンサス、安全対策を配慮しつつ既存の原子力再稼働を進めていくのは不可避と考えます。
(記者)日本が海外からの人材を取り込んでいくことにおいてどのような点が不足しているとお考えか?
(安永会長)さまざまところにハードルがあると感じています。一番大事なのは、日本人のマインドセットを変えることです。自分と同じような島国で生まれ育った人としかコミュニケーションできないということでは海外で仕事はできません。海外で仕事をしてきた人は、様々な文化と日本の考え方がちがうことに気づいて、それを自分で体得していきます。それを繰り返していくことが必要だと思います。
これだけインバウンド旅行者が来ている中で、そのようなコミュニケーションを日本人がもっと有効な機会として利用していくことが必要です。その中で、数週間なら良いが、数年間居るのはやめてくれという話はどこから出て来るのでしょうか。お互いがお互いを知り合う努力が足りないように思います。
我々こそが異文化交流、共生も出来るということを自ら示していく必要があります。総合商社は過半が外国人材の方々が働いている会社になっています。この国が外国の方々にとって住みやすい国であるためには何が必要かを、会社の中で汲み上げて提案していくことが必要だと思います。
(記者)これからの任期で世界情勢、日本経済をどうみていらっしゃるか?
(安永会長)何が起こるかわからない世の中になってきているというのが正直な実感です。
紛争が紛争を呼ぶというのを一番恐れています。東アジアでそのようなことが起こらないように、いかに密な対話を続けていくかということが何よりも大事だと思います。最近、航空機の事故が多発していることが目の前の事象としては非常に心配です。地球温暖化が乱気流を相当多く生んでいるというデータもあり、飛行機の安全性にも関わってきます。地球温暖化の影響が地上だけでなくさまざまところで出ています。
また、市況のリスクで、大きな震源地はやはり中国経済だと思います。中国経済が不動産を中心に不透明感がある中で、今後どのような軟着陸の方向性を示すのかは注視しています。米国は、大統領が誰になるかで変わる部分はあると思いますが、経済のファンダメンタルが強いので、大統領選の結果に関わらずしっかりした経済運営がなされると期待しています。一方、カーボンニュートラルへの道筋は誰が大統領になるかで変わってくると思います。
以上