会長定例記者会見(2025年7月23日)要旨
2025年7月23日
本日は、参議院選挙の結果、日米関税交渉と通商政策、それから外国人政策についてお話したいと思います。
まず参議院選挙結果についてお話します。
与党大敗の背景は、物価高、少子化、年金制度、社会保障制度、外国人政策など、生活や経済の根幹に関する日本国民の強い課題意識が反映されたものと受け止めています。
政府には、こうした民意、世論の重みを真摯に受け止め、政策に的確に反映していただきたいと考えます。また、今回の選挙で存在感を増した政党の意見も、今後の政策形成に活かされることを期待しています。新たな視点から、経済の活性化や産業競争力の強化につながる議論が進むことを望みます。
短期的な物価対策や、給付・減税によって生活に困っている方々への支援はぜひ進めていただきたいのですが、これと並行して社会保障、年金、財政健全化、生産性向上など、わが国を取り巻く中長期的な課題をしっかりと俯瞰した上で、長期的な目線で、日本の構造改革を進めていく必要があると考えています。
日本貿易会としては、グローバルな経済環境が大きく変化する中、政権の安定と政策の継続性が担保されることが、企業の事業活動や投資判断にとって極めて重要と考えます。
わが国が国際社会において「信頼され、選ばれるパートナー」であり続けることが重要であり、今回の選挙結果が経済政策や外交方針に与える影響については、今後の政府の対応を注視しつつ、建設的な提言を続けていきたいと思っています。
次に、日米関税交渉と通商政策についてお話します。
先ほど、報道により日米間の関税交渉が一定の合意に至ったとの情報を受け取ったばかりです。詳細については今後政府から正式な発表があるものと承知しておりますが、まずは、大きなマイルストーンに到達したことで、われわれ民間企業が不安視していた不透明感が拭われたことを大きく評価したいと思います。政策の安定性、関税を含めた通商条件の見通しが立つことは、第一のポイントでありますので、いわゆる可視化が進んだということを評価したいと思います。
一方で、今回の合意には、相互関税の15%への引き下げに加えて、総額5,500億ドル相当の投資、そして、自動車、コメを含む農産物などの分野に関する取り決めも含まれていると報じられています。
現時点の情報では、企業活動への影響を明確に評価することは困難でありますが、これらの内容を含めた全体像を早急に明らかにしていただきたいと考えております。その上で、われわれ民間企業として、どのような貢献、協力ができるのかということをしっかりと検討してまいりたいと考えています。
次に、通商政策についてお話します。
日本は、自由貿易の旗手として、国際社会における通商秩序の維持と多国間協調の推進に、「これまで以上に」積極的な役割を果たすべきと考えています。地政学的な緊張の高まりや経済の分断化が進む状況だからこそ、日本が国際的なルールに基づく公正で透明性のある通商体制の維持に貢献することが重要です。
CPTPPやRCEPなどの多国間通商枠組みにおいて、これまで日本は中心的な役割を担ってきました。EUやASEAN諸国をはじめ、加盟に関心を示すグローバルサウス諸国との連携を強化し、通商リスクの分散と新興市場の開拓を進めることが、わが国の持続可能な成長と経済の活性化に結びつくものと考えます。
日本貿易会としては、政府と連携しながら自由貿易の価値を守り、国際協調を基盤とした経済連携の構築に取り組み、安定した通商環境の構築に貢献してまいりたいと思います。
最後に、外国人政策についてお話します。
少子高齢化や労働力不足など、日本が直面している構造的な課題を踏まえると、外国人材の受け入れと活用は不可欠です。
多様な人材が活躍できる包摂的な社会の実現こそが、新たな成長機会やイノベーションの創出につながるものと確信しています。外国人材政策を進めるにあたっては、より広範な、国民的な理解と共感の醸成が重要です。
今回の選挙で改めて感じたことは、日本に来られる外国人材の方々がルールとマナーをしっかりと守るという前提に対して不安を持っている国民がおり、こうした前提がしっかり徹底されねばならないということを感じました。特に、外国人材の方々には、日本の文化や風土、生活習慣に対する理解をもっと深めていただくことが重要であると思います。
選挙期間中、「外国人排斥」との言葉も聞かれましたが、わが国は海外とのつながりをなくして成り立つ国ではなく、一方的に外国人を排斥することは、我が国の競争力を弱めることにつながりかねません。
日本貿易会としては、高度人材や専門人材の受け入れ加速化や、外国人労働者の生活環境、キャリアパスの整備、安心して働ける環境づくりなどの具体的な施策を提唱することを通じて、企業現場での受け入れ体制や日本語教育、生活支援の充実を図り、社会全体で外国人材とともに新しい日本の形づくりに寄与することで、「内なる国際化」や「グローバルサウス諸国との連携」を推進してまいりたいと思います。
質疑応答
(会長)対象分野について正確な情報を入手しておりませんので憶測で語ることはできるだけ避けたいと思いますが、一般的な受け止め方として、いつまで交渉が続くか分からない心理的な不安感が企業活動、投資活動に対するネガティブなインパクトを与えていたと思います。その中で15%という数字の良し悪しは各々の分野で評価があると思いますが、一定のマイルストーン合意に達した上で、次にどのように日本と米国の間でウィンウィンの関係を築いていくかが重要と思います。市場の開放や米国に対する投資も含めて、日米双方にとって経済合理性があり、産業の活性化、産業を支える人材の育成につながる事業が投資の対象分野になると考えています。今の段階では検討対象分野を特定するための情報がまだない状況です。いずれにしても、一つのマイルストーンを達成したことについて、今まで粘り強く交渉に関わられた政府関係者の方々には敬意を表したいと思いますが、これから先が大事なのではないかと考えています。
(記者)アラスカのLNG開発に関して、日米でジョイントベンチャーを立ち上げるという情報が出ており、ポテンシャルをどの程度感じているか?日米が関わるビジネスとしてどのように捉えているか?
(会長)個別の案件についてのコメントは差し控えます。米国にはシェールガス革命以来の極めて競争力のあるガスの埋蔵量があり、米国は天然ガスを戦略的に一つの輸出産業として育成し、トランプ政権はこれをさらに強化しようとしています。米国という広大な地域の中で、どの案件、どの州がベストなのかということは、単にワシントンから見るのではなく、それぞれの州ごとの問題でもあります。米国での投資においては、環境に対するさまざまな規制や建設に関わる労働力など様々な問題について、相当慎重なフィージビリティスタディーをしないと、最終的な投資決断に至るものではないと考えています。現時点で、次に進むべきかどうかということを判断するに足るフィージビリティスタディーの内容を全く承知しませんし、資源を持っている国が判断材料を準備すべきものだと思っています。
(記者)今回の参議院選挙の結果を受けて、外国人材の登用の重要性についてどのように考えるか?今後どのように外国人材を育成していくか?
(会長)日本が今の経済レベルを維持するには、経済規模を今後も拡大していくことが必要であり、すでに地方を回ると農業分野での労働力不足ということが言われています。外国人の雇用が日本人の雇用を奪っている、あるいは外国人の雇用によって賃金が下がっているという主張は全く事実に反していると私は感じています。実際には、雇用のミスマッチが起こっていて、こうした分野で働く人たちを海外に求めないと日本の地方産業が成り立たなくなりつつあるのが現実だと思います。地方の産業界の方からは、いかにして外国人材の雇用をつなぎとめるか、そのために彼らと一緒に暮らしていくD&Iを進めるかといった話を聞きます。また、経営のみならず、コミュニティーの中でどのように外国人を受け入れていくのかを考えている地方自治体が多くあります。こうした方々の声が今回の選挙では反映されず、先鋭的に真逆の話が伝わっていることに危惧を覚えています。一方で、ルールとマナーを守らない一部の外国人の方々が事故を起こしたり、犯罪行為に走ったりすることが起きていることも事実です。したがって、外国人とともに生活をするための基盤整備・制度を、現在の環境に合った形で、あるいは将来の経済政策も見据えた形での方針をどのように出していくのかが重要です。外国人の受け入れについて、しっかりディシプリンをもって対応することで、日本人にも外国人にも住みやすい日本社会が実現できるのではないかと考えています。外国人の大半の方々は、ルールとマナーを守り、社会風土やコミュニティー、生活習慣を学んで生活をしておられると思います。そういう方々が暮らしやすく、かつ日本の社会や企業の中で活躍できるような制度、あるいは風土を作っていくことが我々の使命だと思っています。
(記者)(日米関税交渉の合意を受けて)これから先どのようなことが民間企業からみた論点、検討事項になるとお考えか?
(会長)米国にとっての懸念は、産業の空洞化に伴う産業自体の相対劣化が国家安全保障にも直結してきているということだと思います。実は日本も、この20-30年の間に、最適立地を求めて工場移転などの形で産業が海外に出ていっています。経済のブロック化が進む中で、地政学リスクやパンデミックのような事態が再び発生した時に備えて、サプライチェーンを強靭化するための産業立地を考えなければなりません。安全保障の観点も踏まえて、日米でより協力関係を強めて産業回帰を図るべき分野があるのではないかと思います。もちろん競争力がなければ持続性がないので、競争力と戦略性を考えた上で、どの分野でどのように共同投資をしていくかを考えていくことになります。直接的な安全保障が経済安全保障と完全につながっている中で、官民が協力しながら、例えばレアメタル調達の強靭化や、資源エネルギー調達の多様化を進めなければなりません。また、低炭素化について、米国やEUが政策的に低炭素化を少しスローダウンしながら競争力強化とバランスしようとしている中で、日本の低炭素化へのロードマップをどのように軌道修正していくのかを考える必要があります。競争力を失うわけにはいかない中で軌道修正は必要であり、エネルギーミックスを考えた時に、米国のハイドロカーボンをエネルギーミックスにどのように組み込んでいくのかについても、民間だけでは判断できないので、さらに官民協力、官と民の間の対話を強めていくことは非常に重要だと思います。