会長定例記者会見(2025年9月17日)要旨
2025年9月17日
本日は、自民党の総裁選に関連する石破総理の辞任表明をはじめ、日米関税交渉、グローバルサウスとの連携強化、大阪・関西万博、そして当会の税制改正要望についてお話しします。
まず初めに、自民党が少数与党となる中で、石破総理が各方面との融和にご尽力し、国内外の重要課題に誠実に取り組まれたこと、特に日米関税交渉において、企業活動への悪影響を緩和する成果を残された事は評価に値すると考えています。
一方で、国際情勢が大きく揺れ動き国内では少子高齢化が進む中、新政権には、まず外交面で、自由で公正な貿易・投資環境の維持・発展、エネルギーと食料を含む包括的な安全保障戦略の再構築、各国首脳との関係深化、そして内政においては、財政健全化、持続可能な社会保障制度の構築、成長力の引き上げ、人材投資、外国人労働力の位置づけなど、喫緊の課題への継続的かつ実効性のある対応を期待したいと思います。
次に日米関税交渉についてですが、9月4日に、日米両政府は7月の合意内容を確認する文書に署名しまし た。日本に対する相互関税の負担軽減措置や自動車関税の引き下げにつながり、企業活動における予見可能性を高めるものであり、両国政府関係者のご尽力に敬意を表します。
一方で総額5,500億ドルの対米投資の内容・仕組みについては、更なる詳細が明らかになることが待たれます。対米投資については、事業収益性の確保を前提としつつ、官民が連携し、米国における産業の活性化や産業を支える人材の育成に資する事業の検討を進めることが重要です。商社業界としても、米国での投資と雇用創出を通じて、日米双方の経済や産業基盤の維持に貢献する「架け橋」としての役割を果たしてまいります。政府には、引き続き米国との緊密な意思疎通をお願いしたいと思います。
次にグローバルサウスとの連携強化について改めて強調したいのですが、日本は米国との同盟関係に加えて、グローバルサウスやEU、ASEANなどとの未来志向の経済関係を強化していくことが重要です。
この2か月の間に私が直接参加した事案を幾つかご紹介しますと、インドのモディ首相来日時には、日印経済委員会の委員長として、直接お会いする機会を得ました。インド向けの日本企業の投資額は目標の5兆円を達成し次のターゲットを10兆円へと拡大、グリーンエネルギーやデジタル、医療、製造業などの分野での協業に加えて、「50万人の高度人材交流」など、新たな取り組みも進展しています。
ペルーのボルアルテ大統領との対話では、鉱山分野におけるバイオ燃料の活用、観光やインフラ分野での協力に対する強い期待が示されました。先週サンパウロで開催された日本ブラジル経済委員会では、資源・食料安全保障、バリューチェーンの強靭化や脱炭素推進などの共通課題について議論を深めました。
また、TICAD9では、石破首相より「インド洋・アフリカ経済圏イニシアティブ」などが提唱されました。グローバルなサプライチェーンを展開している商社業界としても、事業活動を通じてこのイニシアティブに積極的に関与してまいります。
次は、大阪・関西万博についてです。 今年4月に開幕した大阪・関西万博には、当会会員企業も、パビリオン出展をはじめ、様々な形で関わってまいりました。私自身も6回万博を訪れ、多くのパビリオンを訪問し、各国の文化や技術、未来へのビジョンに触れることで、改めて国際社会とのつながりを肌で感じております。
各国のナショナルデーでは、国家元首や閣僚級の要人が来日・登壇される場面も多く、首脳や産業界の代表と直接対話する貴重な機会を得ました。万博ならではの多様性と臨場感に満ちた空間は、その国の精神や文化に触れる場としても意義深いものです。
資源や食料を海外に依存するわが国にとって、国際社会とのエンゲージメントを強化していくことは不可欠です。限られた期間にこれほど多様な交流と議論が集中する機会は稀であり、我が国としてもこの機会を最大限に活用し、国際社会との信頼と連携を一層深めていくことが重要です。
閉幕まで残り1か月を切りましたが、より多くの方々が万博を訪れ、海外の人や文化に対する理解が深まることで、日本における「内なる国際化」の実現に資することを心より願っております。
最後に令和8年度税制改正要望についてです。
当会では毎年、企業活動のグローバル化等に対応した税制の整備に向けて要望を取りまとめています。外国子会社合算税制(本邦CFC税制)の過剰課税解消や事務負担の軽減を求めており、商社業界のみならず、海外で事業を展開する全ての日本企業の国際競争力強化に資するものです。
要望事項は経済産業省の「日本企業の海外展開動向を踏まえた国際課税制度のあり方に関する研究会」において、産業界・実務家・学識経験者の間でコンセンサスが得られており、実現に向けて、政府・与党をはじめとする関係各位にご理解を求めて参りたいと思います。
質疑応答
(記者)日米の関税交渉が一段落したことで、どのように企業の経営環境が変化してきたと感じているか?上期と下期において商社の業績にどのように顕在化しうるのか?
(会長)足元で言えば、関税交渉の一定の進展と文書による双方の内容確認によって、少なくとも自動車分野を中心に日本企業にとって予見性は増し、EUや韓国などに比べて劣後しない条件(レベルプレイングフィールド)が確認されたので、15%という数字は大きいものの、競争という意味での不安は解消されたと思います。ただし、15%の上乗せ分を誰がどのように負担するかによっては、米国における消費そのものが、インフレ圧力の中でどうなっていくかが見えにくい状況です。これに対しては、当然米国政府は内需の拡大をどのようにするか、金利を今度どのように下げていくかという動きをとると思うので、米国経済は底堅いとは思うものの、一定レベルのインフレによる消費動向の見極めを今後しっかりしていく必要があります。
一方で、世界経済を牽引しているもう一つの大国の中国が、まだ国内の過剰生産能力、不動産の問題を抱えたまま走っています。その状況から安定化に向かうのかどうかが、国際的な商品市況に与える影響に繋がってくると思います。
以前より不透明性は低下してきているものの、世界経済の動向に対する予見性という意味では、フェーズが変わったと感じています。今までの自由貿易・自由経済から政府による一定の制約を伴った経済秩序に変わってきており、今後どのような形で構築されていくのかを見ながら考えていく時代を迎えたと感じています。慎重にしつつも我々は前に進まなければなりません。不透明だから留まって少し様子を見るというフェーズは終わって、新しい国際経済秩序の中で自分たちがどのような立ち位置を取るべきかを真剣に考えるフェーズに入ってきたと思っています。踊り場状態から、次の成長に向けて舵を切り替えるタイミングに来ていると思います。
商社業界は、世界中で仕事をしていて、様々なドメインにアセットを持っており、そのことが商社のレジリエンスだと思っています。どのようにバランスよく運営し、ドメイン間でのシナジーや、国を超えて新しいビジネスモデルを横展開していくかが商社の生業なので、日本貿易会の会員企業は下方耐久力があると思っています。各社各様のポートフォリオマネージメントをこれから新しい国際経済秩序の中でどうチャレンジしていくかというフェーズなので大きな心配はしていませんが、中長期的には状況を見定めながらポートフォリオをしっかり組み替えていくことが継続的に求められると思っています。
(記者)アラスカのLNGに対する投資の可能性、事業性をどのように評価しているか?投資の検討をするための条件としてはどのようなものがあるか?
(会長)個別の案件について、日本貿易会として評価する立場にはないので、あくまで各社あるいは日本政府において、案件の経済性や競争優位性などを検証することが必要であると思っています。
一般論で言うと、LNG案件への投資を検討する場合には、物凄く長いリードタイムでフィージビリティスタディーを実施しますが、現時点で判断できるほどデータが揃っているとは思っていません。その様な検討を進める責任は米国側の開発主体にあり、どういった形で全体の開発計画、スケジュール、予算、経済性、環境との調和などを考えていくのかを示していただくことがまず第一歩と思います。それを見て、日本側は受け身的に、他のLNG案件との経済性比較、安定供給性、季節要因等も考えていく中で詳細を詰めていくことになると思っています。
(記者)洋上風力発言の事業環境の変化についてどのように受け止めているか?政府に対する要望についてどのように考えているか?
(会長)個別の事案について触れることは難しいので一般論として申し上げると、洋上風力を取り巻く環境は日本のみならず世界的に非常に厳しい状況にあると言わざるを得ません。技術的、経済的なプロジェクトの困難さが増してきていることは事実だと思います。より大きな発電量を求めれば、大型化を余儀なくされます。例えば、台湾で建設が進んでいる大型の洋上風力は、土台を含めたポールの高さが120m、ブレードの直径が200mの風車を建設しており、厳しい気象条件の中で維持管理がさらに難しくなります。また、日本国内にはサプライチェーンが存在せず、ブレード(羽のようなパーツ)は欧州から輸入し、ナセル(風力タービンの中核部分)も国産化には何百機と継続的に作っていくという規模感がある程度コミットされないとサプライチェーンが成り立ち得ませんので、市場規模をある程度考える必要があります。また、インフレもあり設備投資額が物凄く膨らんできていることも事実です。こうした環境の中で、官民で実現可能性を話し合って、どの程度なら設備費、建設費を低減できるのかといった様々な工夫を事業者側もやらなければならないと思いますし、どのような環境に合わせた柔軟な制度設計が可能なのかといったことを政府にも検討してもらい、官民が双方で勉強して案件を実現していくには何が必要かを協議していくことが必要ではないかと思っています。
(記者)レアアースについて権益獲得も含めた可能性についてどのようにお考えか?南鳥島でのレアアース開発について商社業界としてどのように関わっていきたいと考えているか?
(会長)レアアースについては、サプライチェーンのボトルネックになっており、デリスキングの可能性をいかに追求していくということかと思います。圧倒的に中国が量、質、価格で競争力を持っている中で、全く新たな供給源を作って、価格競争力が出るかということは冷静に見る必要があると思います。だからこそ中国はこれを経済的なパワーとして色々な交渉に利用しており、その観点からデリスキングのアプローチはやらなければなりません。課題は、上流のマイニング以降の精錬、リファインしていくプロセスがこの何十年、中国以外のところで開発されてないことです。この領域は商社ではハンドルできないので、非鉄金属業界の方々の知見を得る必要があります。また、商社業界のみならず国としてどのように考えていくかということだと思います。この課題は、日本だけではなく、米国にとっても同様です。米国における投資を進めたい分野の一つとして、希少金属の安定的な供給が必要とされる分野におけるサプライチェーンの強靭化、デリスキングのためのサプライチェーンの再構築を如何に進めていくかは大事なところですから、日本一国で考えるというよりは、日米で協力し考えていくべき分野ではないかと思います。
(記者)先程の答弁でご説明いただいた政府による制約を伴った経済秩序は、商社にとって好ましいものなのかどうか?商社業界として新しい経済秩序の中で、どのように立ち振る舞うことが新たな発展へ寄与するとお考えか?
(会長)商社業界のみならず全てのビジネスコミュニティにおいて、自由で開かれた貿易投資体制のもと、ビジネスを行う上での適材適所、最も経済的に競争力のあるサプライチェーンを自由に組み、どこで作れば品質が良いか、どこのマーケットに持っていくかということを制約なく考えられる世界を「グローバリゼーション」の中で謳歌し、世界経済は大きく成長してきました。その中で最も大きく成長したのが中国で、世界の工場としての役割を担っていましたが、その一方で先進国では産業の空洞化が進んでしまい、それに対する政治的反動、是正すべきという動きが起こってきているのだと思います。これは米中対立という単純なものではなく、グローバリゼーションで世界は豊かになったものの、置き去りにされてないかという人達が欧米でも増えてきた中で、アンチグローバリゼーションの流れが強くなってきている状況と思います。
この状況は必ずしも理想的ではありませんが、我々がやるべきことは、自由で開かれた自由貿易体制を維持したいと思っているライク・マインデッド・カントリーとの関係を強めることです。それはEUであり、ASEANであり、グローバルサウスであり、これからまだ成長を求める国です。自国だけで自活できる大陸国家とは違い、日本は食料もエネルギーも、あるいは部材によってはかなりの部分を国外に頼り、マーケットも外にある国です。自由で開かれた貿易体制を維持するために、どのようにCPTPPの枠組みを広げるかを考えていかなければなりません。また、グローバルサウスとの連携強化は人材の往来も含めて大変重要であり、資本・財・人材がもっと自由に行き来することによって日本経済は成長します。一方で、米国という市場、安全保障上の日米同盟は、不安定化する極東アジアの情勢を考えれば、日本にとって非常に重要だと考えますので、日米の枠組みの中で何ができるかを考えつつ、グローバルサウスとの連携を強化していくことが、今起こっている新しい秩序の中で我々がやり得ることかと思っています。
(記者)洋上風力について、補助金の増額なども含めて日本政府の支援強化を求める声もある中でお考えを伺いたい。また、先を進んでいる台湾から日本が学ぶことはあるか伺いたい。
(会長)まず日本についてですが、3次公募まで行われましたが、何が正解なのかもう一度整理して、官民で議論しないと、進みにくい環境になってきていると思います。一方的に政府に支援を求めるのではなく、官民の中で民が自助努力によって経済性を上げるために何ができるかを検討し、官が仕組みの中で担保していくことが重要と思います。日本、台湾では実証を通じた経験値の積み上げがまだ不足しているとも思います。
台湾ではボーリングをしてみないと分からない、あるいはボーリングしてみても岩盤の位置が想定したところになくて、いわゆるモノポッドで土台を縦に入れるとエンドレスに沈んでいくことも起こっています。その結果として、値段が高いトライポッドという3本足の土台を作ることもあります。また、台湾の場合、風況は良いものの、潮の早い流れに砂が取っていかれ、風車の土台の下にある電力ケーブルが浮いて切れてしまうため対策が必要となるなど、実際にやってみないと分からない事象が出ています。欧州では、遠浅で風況が良く海流の影響がないところが適地として選ばれており、日本や台湾ではそこと同じにはできません。欧州とは異なる気象条件下の日本に合った洋上風力発電の適地選定、風況のみならず、地質条件、海流など様々なデータが集まらないと、簡単に欧州に倣うということはできないと思います。ただ、仕組みとして新しい事象が発生した時に、全て事業者側が負うと、全て追加コストとなり、場合によっては経済性が回らずにギブアップすることは起こり得るので、どこまでが事業者のリスク、どこからが官として制度の柔軟性で担保するのかというような議論を、案件を実現するために行っていくことが重要だと思います。