会長定例記者会見(2025年5月21日)要旨

定例記者会見

2025年5月21日

まず米国情勢についてお話します。

トランプ大統領の再登場以来、関税政策をはじめとする保護主義的な動きが強まり、国際社会は大きな混乱に直面しています。これまで世界の経済を支えてきた「自由で開かれた国際秩序」や「公正な貿易・投資体制」が揺らぎ、分断と不確実性が一層深まっています。企業にとっては、将来の見通しが立てづらくなり、長期的な経営判断に慎重にならざるをえない状況です。

日本企業は、これまで米国において積極的な投資と雇用を通じて経済発展に貢献してきました。たとえば、日本は5年連続で対米最大の投資国であり、直接投資残高は世界1位、100万人の雇用を創出しています。対米投資1兆ドルの目標に向けて、今後も対米重視の姿勢は変わりませんが、現在の環境は厳しいものがあります。

こうした中、官民が連携し、米国政府に対して現状を丁寧に説明しつづけることが重要と思います。政策の予見性の欠如やインフレが企業活動に与える影響について、粘り強く訴えていく必要があります。

また、どの国も単独で産業基盤やサプライチェーンを完結させることは困難です。グローバルな生産ネットワークと国際連携こそが、安定した供給と競争力の源泉であり、強靭化につながります。自由貿易体制の維持は、米国にとっても不可欠である事は強調していきたいと思います。

さらに、米国は日本との関税交渉の中で、非関税障壁の撤廃を主張しています。これはケースバイケースですが、日本にとっても不必要な規制を見直し、経済を活性化させる良いチャンスと捉えるべきと思います。内なる国際化を進め、グローバルスタンダードに基づく競争力を高めていくことが重要です。

日本は貿易立国、投資立国として、今後も自由貿易を支える役割を果たしていく必要があります。そのためには、グローバルサウスとの連携、同じ考え方を持つ国々との連携がますます重要になります。

日本貿易会としても、商社が持つ知見やネットワークを生かし、事業機会の拡大とともに、自由で公正な貿易・投資環境の維持・発展に取り組んでまいります。


次にこの一年の振り返りと二年目に向けた抱負についてお話します。

昨年5月末に会長職を引き継いでから、ほぼ一年が経とうとしています。この一年で日米政権の交代をはじめ、世界が大きく動きました。こうした不確実性が高い時代においてこそ、日本貿易会は「フロンティアスピリット」を持って、新たな未来を切りひらく存在でありたいと考えています。

私自身も、インド、ブラジルなどのグローバルサウス諸国に赴き、モディ首相やルーラ大統領をはじめとする各国要人との関係強化に努めてまいりました。また、昨年10月には「インフラシステム海外展開戦略2025に代わる、2030年を見据えた新戦略に向けた提言」を公表し、グローバルサウスとの連携強化、人材交流、グリーントランスフォーメーションの推進など、今後の方向性を明確にしました。

地政学リスクの高まりや世界経済の分断が進む中で、自由で開かれた貿易体制の維持・強化はこれまで以上に重要であります。この点は再度強調させていただきたいと思います。その中で、米国との関係はもちろん最重要ではありますが、グローバルサウスをはじめとした同志国との連携を深めることで、国際ビジネスの発展に取り組んでいきたいと思います。

世界情勢が不安定化する中、EPAなどの枠組みを通じた経済連携の強化はますます重要です。例えば、ブラジルを中心とするメルコスールとのEPA交渉は現在まで調整が難航していますが、相手国がいつまでも待ってくれるわけではありません。各国が連携して難局を乗り切ろうという今こそ、交渉を加速化させるべきと思います。

日本貿易会会長2年目も、各国政府との対話、政策提言、会員企業との情報提供や日本貿易会の活動をより多くの皆様に発信する事を通じて、より良いビジネス環境の構築に尽力して参ります。引き続きのご支援、宜しくお願い申し上げます。

質疑応答

(記者) 「官民連携で米国政府と丁寧に話すことが大事」とのことだが、米国による相互関税措置への対応に関して、日本政府による米国政府に対する動きについて、どう見ているか?

(会長)日本貿易会のみならず経済三団体を中心に日本政府との対話を通じて、日本にとって最重要な二国間関係である米国に対し、関税がもたらす経済への悪影響について、日米政府間のみならず日米の産業間でも同じ言葉で話を続けていくことが重要であると思っています。トランプ政権が掲げている米国への産業回帰、つまりラストベルトの産業空洞化の取り戻しや、薄くなった中産階級層への政治的手当てをいかに行っていくか、また、日米の安全保障の観点からも米国内の製造業の強靭化は必要であり、一定レベルまで製造業を回帰させるために日本が貢献できることは何かということを官民連携して考えることはとても重要だと思います。一方で、全ての産業を米国内で完結させることは経済合理性に合っているとは思えません。それが結果的に米国でのインフレにつながり、産業競争力を失う、あるいは消費者である米国民にとって不利益を強いられることを懸念します。それらを排除しながら、次の時代の日米間での産業連携をどう作り上げていくかを考える必要があると思います。

(記者)この数か月間、会長ご自身、或いは、日本貿易会として米国企業とどのような対話を行ってきたか?

(会長)会員企業の個社ごとでの対話となるので一般論で申し上げますと、産業毎にばらつきはあると思いますが、日本企業のみならず米国企業にとっても予見性が低く、不確実性が増している中で、経営判断をしづらい状況にあるため、様子見姿勢の企業が多くなっています。関税の影響のみならず、為替や株式、債券の今後の方向性を見極めながら、次の一手を考えていきたいという米国の経営者は多数います。一方で、米国に産業回帰をさせたいという強い思いを抱いている企業家もいます。様々な考え方がありますが、以前と比べて投資については慎重になっていると捉えています。

(記者)日米関税交渉に求める結果はどのようなものか?

(会長)日本政府は自動車関税などの撤廃に向けて妥協しない方針を貫くと理解していますが、一方で、日本は米国に何を提供できるか、どうすればWinWinになるのかを双方で熟考していただきたいと思います。同盟国としての産業連携をいかに強く打ち出すことができるかが重要です。関税だけで自国産業を保護できる時代ではなく、一度空洞化した産業を単純な資本投下のみでは取り戻せません。そこで働く人々のスキルセットや組織作り、それを支える制度、教育システムなど様々なものを時間をかけて作り直さなければならず、より短い時間で一定レベルの産業回帰を成すために日本企業のできることが、日本が提供できるカードになると思います。この点において、日米がお互いに強みを生かし、産業連携を深めることができるのではないかと期待しています。

(記者)米国において日本企業は具体的にどのような貢献ができるとお考えか?

(会長)米国から一番求められているのは製造業を通じた雇用の回復であり、労働者のスキルを上げていくことが必要です。そのためには、クラフトマンシップを米国に取り戻すための仕組みづくり、企業内教育・訓練、技術伝承のためのノウハウ提供が不可欠です。自動車産業、輸送用機械など日本が強みを持っている分野でさらなる協力を行うことが考えられます。また、米国の豊富なハイドロカーボン資源を利用した化学産業、エネルギー産業においては労働力不足に直面しており、プラントやインフラ建設におけるスケジュール・コストの管理が難しい状況になっています。日米企業が協力し、スケジュール・コスト管理をしっかり行うことで、米国からのエネルギーや化学品の輸出増に貢献できると思います。

(記者)貿易会社として、米国の関税政策のプラス面・マイナス面をどのように捉えているか?

(会長)会員企業の業態は各社各様ではありますが、貿易に比べ投資の比重が高くなってきています。投資においても単なる投資ではなく、投資から生み出される或いは必要とされる原材料のトレーディングがパッケージになっている例が多い。投下資本に対するリターンをどう最大化するかを考えると、産業が動くタイミングではサプライチェーンの再構築が必要になり、その際にどのような機能提供ができるかという点が商社にとってのビジネスチャンスになりえます。既存のバリューチェーンをうまく生かしながら、生産地の移動に合わせて最適化することでチャンスが出てくると思います。一方、マイナス面では、関税に直接影響を受ける産業ドメインのみならず、不確実性が高まる中で、一定の保守性を持たざるをえず、バイアスがかかって、以前に比べて意思決定が先延ばしになったり要求水準が高くなったりすることで、経済活動そのものに下方圧力がかかることを心配しています。インフレを押さえながら産業回帰させる努力を一緒に継続していこうというモメンタムにどう切り替えていくかが重要だと思います。予見性の低さは、ビジネスにとって大きなリスクだと思います。

(記者)グローバルサウスとの連携強化やバリューチェーンの再構築の動きは、日米関税交渉と同時並行的に行うべきとお考えか?時間軸についてどのようにお考えか?

(会長)日本にとって自由貿易体制を支持する同志国が多ければ多いほど良いということを前提に考えるべきで、そのためにはCPTPPの拡大などを常に考慮する必要があると思います。また、メルコスールやアフリカなどは、貿易統計上、日本との貿易額はあまり大きくないものの、日本企業が投資し、エコシステムを構築するに足る大きな経済圏であることは間違いありません。たとえば、世界最大の日系人人口を抱えているブラジルは、日本企業が活躍できるファンダメンタルが整っている国の一つであり、FTA(自由貿易協定)ではなくEPA(経済連携協定)という形で二国間協定を結ぶことは非常に意義があると思っています。本年3月にルーラ大統領が来日された際に、経済関係深化に向けて歩みを進めることを日伯首脳間で合意されましたので、ぜひ前に進めていただきたい。時間軸については、同時並行で進めていくことが大事だと思います。米国の第一期トランプ政権時代を振り返ると、米国がTPPから離脱した後、日本が自由経済圏をCPTPPとして維持したことが、日本にとってレベルプレイングフィールドとしてのビジネス環境維持につながったと思います。多国間、地域間、バイラテラルな協定は常に重要ですし、日本貿易会としてはそれが商社のビジネス活動のファンダメンタルであると思っています。

(記者)経団連の筒井次期会長への期待は?

(会長)日本の経済界を代表する企業家で、最大の機関投資家として自由で開かれた投資体制の重要性はよくご存じですし、十倉現会長がリードされてきた経済界をより競争力のある日本経済にしていくために、筒井次期会長にはリーダーシップを発揮していただきたいと期待しています。私も審議員会副議長として、微力ながら経団連の活動にも貢献していきたいと考えています。また筒井次期会長が表明された五つの重点施策の中で、「経済外交」は日本貿易会として一丁目一番地の分野です。経団連ではグローバルサウス委員会を設置し、グローバルサウスとのパートナーシップ進化をさらに深掘りをしていこうと言われており、日本貿易会としても最も重要な分野と考えています。日米関係をしっかり押さえながら、グローバルサウスとのマルチラテラルな関係をいかに広げていくかという点については、経団連とも連携して取り組んでいきたいと思います。また、「生産性向上に向けた労働改革」についても、日本貿易会としては「内なる国際化」を掲げています。様々な制度上の課題があることは理解していますが、日本の少子高齢化・人口減少の中で、いかにして海外の能力のある方々に日本企業で活躍していただけるか、日本が外国人材から選ばれる国になれるかを考えていく必要があります。グローバルに事業を展開するにあたり、もはや日本人だけでは事業活動を維持することはできなくなっており、日本以外の国々においては現地人材や海外専門家との国際的なチームで事業活動や関係会社の経営を行っています。また、生産性を高めるために日本の労働制度、労働法制そのものを今の時代にあったものにしていく必要性を経済界として訴えていくことが必要であると思います。その過程で、外国人材をどう更に活用できるのかを同時に考えていくべきと思います。