商社が分かる

商社のダイバーシティ~Diversity & Inclusion~

第12回ダイバーシティ推進セミナー
「経営戦略としてのダイバーシティ」

2020.7.10ダイバーシティ推進

入山 章栄(いりやま あきえ)氏

早稲田大学大学院経営管理研究科 教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。
著書に『世界標準の経営理論』『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』がある。

7月10日、早稲田大学大学院経営管理研究科 教授 入山章栄氏を講師にお招きし、第12回ダイバーシティ推進セミナーを開催しました。今回は、新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえウェブセミナー形式とし、当日は約70人の方にご参加いただきました。

セミナーでは、企業にとってダイバーシティがいかに経営に大きなインパクトを与えるのか、企業の成長を促すためにダイバーシティ・マネジメントはどうあるべきかについてお話を伺いました。

1. 日本企業に求められていることは「イノベーション」

不確実性がさらに高まるこれからの時代、日本企業が生き残るためには、イノベーションを起こし新しい価値を生み続けなければならない。組織にとってダイバーシティが不可欠な理由も全てはイノベーションのためである。

企業がイノベーションを起こすには、なるべく遠くにある新しい知を見つけ、それを既に持っている知と組み合わせる「知の探索」が最も重要である。しかし、「知の探索」は利益に反映されにくく失敗も多いため、多くの企業は、経営に直結する既存の知の深化に偏りがちである。短期的には良いかもしれないが、本格的なイノベーションは起こりにくいだろう。

それでは、日本企業に不足している「知の探索」を促すためのポイントを幾つかご紹介する。

2. 「知の探索」を促す三つの方法

①個人レベル−「失敗を受け止める仕掛け」

企業がイノベーションを起こすためには、社員一人一人の「知の探索」が求められる。
そのために企業ができることは、社員に修羅場経験を積ませること。意思決定の機会を与え、たとえ失敗してもそれを受け止める体制を作ってほしい。そのためには、成功や失敗の結果だけで判断しない評価制度の見直しも必要である。

②戦略レベル−「オープン・イノベーション」

オープン・イノベーションとは、一つの企業が遠くの新しい知を持つ異業種企業やスタートアップ企業に投資し、コラボレーションすることを指す。これは「知の探索」の典型的な例で、商社が最も得意とすることであろう。

③組織レベル−「人材の多様化」

知は一人一人が持っている。なるべく多様な人材の知を組み合わせることが「知の探索」になり、企業のイノベーションにつながる。そのために人材の多様化を進めるのだが、その際に日本企業に圧倒的に欠けているのが、「何のためにするのか」という目的意識である。

3. ダイバーシティを進めるヒント

例えば、「女性管理職を30%に」という数値目標を唱える企業が多く見られる。もちろん目標の一つとして取り入れることは良いが、その目的を明確にしなければうまくいかない。

ダイバーシティには「タスク型の多様性」と「デモグラフィー型の多様性」の2種類がある(資料1)。タスク型とは、経験や価値観など目に見えにくい人材の多様化で、「知の探索」が生まれやすく、組織にプラスに働くことが証明されている。一方、デモグラフィー型は、性別や国籍など目に見える人材の多様化である。日本企業の多くはデモグラフィー型を進めようとしているが、「男性・女性」「日本人・外国人」「年配・若者」など、属性の違いで無意識のグループ化が生じるため、組織内で断層が起こる。

(資料1)2種類のダイバーシティ

  タスク型 デモグラフィー型
知見、能力、経験、価値観など 性別、国籍、人種、年齢など
特性 その人の内面にあり、見えにくい 目に見えやすい
組織への効果 組織パフォーマンスにプラス 組織パフォーマンスにマイナスになる場合もある
説明する代表的理論 知の探索など 社会分類理論

(出所)入山章栄『世界標準の経営理論』より引用

「何のためのダイバーシティなのか」を常に念頭に置き、多様な人材を取り入れたらそれで終わりではなく、組織内の断層意識を徹底的に取り除き、タスク型のダイバーシティにつなげていくことが重要である。それが企業のイノベーションにつながる。

ダイバーシティを進める上でもう一つ意識しておきたいことは、一人の中に幅広い多様性を持つ「イントラパーソナル・ダイバーシティ」(個人内多様性)である。多様な人材を受け入れるためには、その人自身が多様性を持つことが必要だ。その多様性があれば、さまざまな変化に対応でき、新たな価値を生み出せる可能性が高くなる。副業や週休3日制を導入する企業が増えていることや、実際に成功している多くの人がマルチ・キャリアを持っていることからも、イントラパーソナル・ダイバーシティの重要性は明らかである。

4. 今こそがダイバーシティを進める最大のチャンス

イノベーションが進む欧米企業と従来型の日本企業の性質は真逆だといえる(資料2)。
ダイバーシティを進めるためには、働き方や評価制度、採用・雇用形態、人材育成など、どれか一つではなく全てを一気に変える必要があるが、実際にはとても難しい。これまでダイバーシティが進まなかった理由もここにあるだろう。

しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大する今、強制的に働き方改革が進んでいる。リモートワークが定着すれば評価方法が成果報酬に変わり、雇用形態がジョブ・ディスクリプション型にシフトする。また、オンライン上のコミュニケーションが容易になり、転職の機会が増えることで、新卒一括採用、終身雇用が終わるだろう。同時に多くの会社ではデジタル・トランスフォーメーション(DX)が進んでいる。今こそが全ての企業がダイバーシティを進めるかつてない最大のチャンスである。

(資料2)従来の日本企業と欧米企業の比較

従来の日本企業 欧米のグローバル企業   イノベーションへの効果
同質人材の採用 ダイバーシティ 「知の探索」を促す
新卒一括採用
終身雇用
中途採用 「知の探索」を促す
平等主義 エリート抜擢主義 不確実性下で意思決定できる人材の育成
部門内での抱え込み 多様な修羅場経験 「知の探索」を促し、意思決定の場数を踏ませる
会社のための人材育成 市場ベースの人材育成 人材の市場価値を高め、流動化しやすくする
メンバーシップ型 ジョブ・ディスクリプション型 人材の市場価値を高め、流動化しやすくする

(出所)講演資料より引用・編集

おわりに

最後に、企業のイノベーションを考える上で欠かせないのが、「センスメイキング理論」(納得感・腹落ち感)である。不確実性が高い時代に必要なことは、正確性より納得性。多くの日本企業では、社員が会社のビジョンを知らなかったり、そもそもビジョンがなかったりする企業も多く見られるが、いかに社会全体や社員一人一人に企業の存在価値を腹落ちさせるかが重要である。まとまる会議からイノベーションが生まれるはずはない。まとまらなくても、みんなで話し合って決めたという腹落ち感、ぜひこれらを意識してほしい。

講演を終えて

なぜダイバーシティが必要かということについて、ご自身の商社に対する(時に耳の痛い)ご意見もいただきながら、経営学の観点から論理的に分かりやすく説明してくださり、参加者にとって非常に有益な講演でした。ダイバーシティ推進に関する課題は各社それぞれですが、経営戦略としての視点、目的、納得性といったキーワードは、今後の取り組みのヒントになったのではと思います。
大変お忙しい中お時間を頂戴し、素晴らしいご講演をいただいた入山様に、この場をお借りして改めて御礼申し上げます。

ダイバーシティ推進コミッティ座長
新川 朋子氏(三菱商事株式会社 人事部 女性活躍・ダイバーシティ室 室長)